「わあ、すごい! 申渡くん本当によく似合ってる!」
「ありがとうございます」
「とっても素敵! 格好良い!」
「そんなに褒められると照れてしまいますね」

照れるなどと言いながらも彼の表情はいつもと変わらないのだからずるい。

今目の前にいるのは彦星に扮した申渡くんだ。異国の衣装に身を包んだ彼はいつもと違った雰囲気で、彼だと分かっているのに何だか少し別人のように見えて落ち着かない。この格好の申渡くんを目に焼き付けておきたいと思う一方で、何だか直視出来なくてこっそり視線をそらしてしまった。

七夕はもう終わってしまって、皆撤収している。卯川くんなどは真っ先に着替えてしまったので、私は写真を撮る暇すらなかったのだ。彼の着ていた衣装は机の上に置かれたままになっている。卯川くんの織姫もとてもよく似合っていたのにもったいない。

「でも申渡くんは織姫と結婚しても仕事怠けそうにないね」

元々働き者だった彦星と織姫だったけれど夫婦生活が楽しくてそれぞれ仕事をしなくなってしまったのだったっけと七夕伝説を記憶の奥から引っ張り出して言う。勤勉という点では元々の彦星は申渡くんと共通しているけれども、恋愛にうつつを抜かして仕事をさぼってしまう申渡くんというのはなかなか想像出来なかった。衣装はとても似合っているけれども、中身はあまり彦星には似ていない。

それは何気なく言った言葉で、半分くらい冗談を含ませたものだったのに、視線を上げたその先で申渡くんがまっすぐにこちらを見つめていたものだから私の口元のにやにやはどこかへ消えてなくなってしまった。

ふわりと、何かが視界を一瞬遮る。

「きみが織姫だったなら私もそうなってしまうかもしれませんよ」

薄いその布は織姫の羽衣だったものだ。綺麗な色をしたそれが今は私の肩に掛けられている。両の端を申渡くんが持ったままでいるから、彼に捕らえられたような形になって、申渡くんとの距離がいつもより近いのにどこにも逃げられなくなる。そのことに心臓はひどくドキドキとうるさく鳴って存在を主張していた。

「……さ、申渡くんはどちらかというと奥さんのために張り切るタイプに見えるけどなぁ。あはは」

誤魔化すためにわざと不自然なくらい明るい声を出す。さっきの言葉は聞かなかった、もしくは全部冗談だということにしてしまおうとした。だって、そうじゃなかったらこの場で何て答えたらいいのか分からない。申渡くんの言葉をその場ですぐに聞き直せば良かったのか。申渡くんに閉じ込められてしまっているこの状況では上手く判断が下せない。申渡くんが次にどうするつもりなのか分からなくて、私は思わずぎゅっと身を縮こまらせた。

「ふふ、そうですね」

するり。申渡くんが織姫の衣から手を離す。元々そんなにないはずの布の重みが私の肩に掛かった。さっきは近い距離にどうしていいのか分からずに困っていたくせに、いざ離れていってしまうと拍子抜けすると同時に、それを少しだけさびしいと感じてしまった。

「そう言うきみも怠けるタイプだとは思えません」

怠けたりはしないかもしれないけれど、相手のことで頭がいっぱいになって使い物にならなくなってしまうかもしれない。ちょうど今みたいに。

申渡くんの手は羽衣から離れたのに、彼の言葉は私を捕らえて全然離してくれないのだ。

「ロマンチックではありますが年に一度しか会えないというのも遠慮したいですし」

そう言って申渡くんが私の頭に触れる。そっと髪を撫でる仕草につい視線を上げると、そこにはひどくやさしい星の色をした瞳があった。視線が合うと彼はさらにふわりと目を細めるものだから、私はまた下を向いてこのうるさい心臓が静まってくれるのをただ待つしかなかった。

2017.07.08