校門の前で丁度歌いながらどこかへ行く戌峰くんの姿を見かけた。それだけならよくある光景で、特別気にも留めなかっただろうけれど、その戌峰くんを門柱の影からこっそり見つめるふたりの女の子がいることに気がついた。ひとりは付き添い風だったが、もうひとりは明らかに彼に熱い視線を送っていることも。



チーム柊の皆が戌峰くんを探していたということを知ったのはそのあとだった。

知らなかったのだから仕方ないとはいえ、あのとき戌峰くんを引き止めなかったことが申し訳なくて捜索の手伝いを申し出ると、申渡くんと一緒に拠点兼司令塔としてこの場に残ることになった。しかしあちこち駆け回る皆と、スマホで忙しなく連絡を取る申渡くんに比べて私のすることと言ったら申渡くんが買ってきてくれたイチゴ牛乳を飲みながら時折彼の話し相手になるくらいだった。申渡くんが聞かせてくれる話はどれも面白かったのだけれど、これではどちらが話相手になっているのか分からない。

平たく言うと私は特にすることがなかった。

「結婚するなら戌峰くんみたいな人がいいのかなぁ」
「えっ」

窓の外を何やら忙しそうに走る女子中学生をぼんやり眺めていると、先ほど戌峰くんのあとをこっそりきゃあきゃあと騒ぐ女の子を見て思ったことがぽとりと言葉になって落ちた。戌峰くんは背も高いし、やさしくて親切だし、面白いし、もちろんミュージカルの才能もすごくて、とにかく目を引く人なのだ。

しかし、その私の独り言を聞いた申渡くんはものすごく意外な言葉を聞いたかのように目を丸くさせ、持っていたドリンクをことりとテーブルの上に力なく置いた。彼らがよくミュージカル以外はポンコツと評しているのは知っているけれど、同じチームなのだから私なんかよりもずっと戌峰くんの良いところを知っていそうなものなのに。

「戌峰が、ですか……?」
「そうだよ」

私が肯定の言葉を続けると、彼は信じられないといった顔をする。逆に戌峰くんを知りすぎているからこそ驚いているのかもしれない。

「……ちなみに具体的には彼のどの辺りがそう思わせるのか教えていただけませんか? 後学のために」
「えっと、この間私が重い荷物を運んでいたらたまたま通りかかった戌峰くんが手伝ってくれて、それで歌いながら一緒に歩いたからお遣いも楽しかったなって」
「それは重い荷物を軽々と運ぶ彼が男らしかったということでしょうか」

先日たまたま戌峰くんに助けてもらった話をすると申渡くんは「やはり女性は守られたいのでしょうね」と何やら納得したような顔で頷いている。それから彼は「筋トレの時間を増やした方が……」と思案している様子だった。確かに頼り甲斐のある男が好きという女の子はきっと多い。戌峰くんの体格ならば申渡くんの言う通り“守って”くれるだろう。そういう面も戌峰くんのモテ要素のひとつではあるとは思う。

「荷物のほとんどを持ってもらって助かったのは本当だけど、それよりも一緒に歌って楽しかったことの方が大きいかな」

けれどもそれよりも戌峰くんの一番の魅力は憂鬱さえも吹き飛ばすあの明るさのように思える。

「急に歌い出すからびっくりしたんだけど、その歌詞も面白くて……本当戌峰くんってすごいよね!」

そういう彼の太陽のような面に、きっとあの女の子も惹かれたのではないかと思った。――そして、そういう相手がいるのは羨ましいなぁなんてこっそり思ったりしたのだ。

「あれ、申渡くんどうしたの?」
「いえ……」

見ると申渡くんの顔色が真っ青になっている。もしかして具合が悪いのでは?!と慌てて腰を浮かせたのだけれど、そのあとに続いた彼の言葉はそれよりもずっと衝撃の大きなものだった。

「あなたがそれほど戌峰に好意を寄せているとは思いもよりませんでした」

その言葉に私はテーブルにぶつかって派手にガタガタと音を鳴らしながら完全に立ち上がった。

「しかも結婚まで視野に入れているとは……」
「ちょ、ちょっと待って! そういう意味じゃないよ!」

どうしてそんな話になってしまったのか分からない。私が戌峰くんが好きだなんて今までの話からどうしたらそんな風に捉えられるのか。逆にもし本当に戌峰くんのことが好きだったらこんな風に軽く言えるわけがない。

「結婚も視野にって……付き合ってもいないのに!」

私たちは高校生だ。仮に付き合っていたとしてもそんな将来を考えるなんて早すぎる。もっとも、生憎私にはそんな相手が出来たこともないのでその考えが適切かどうかは分からない。もしかしたら、運命の相手だと思えるような、燃えるような恋に身を落としたのならば早すぎるなんて思わないのかもしれない。そういう恋愛に憧れがないわけではないけれど。

「そうじゃなくて、私が言ったのはあくまで一般論で! 別に私が戌峰くんにどうこうとかじゃなくて!」
「今さら誤魔化さなくても」
「本当に違うってば!」

ついつい声を荒げてしまう。そんな風に誤解されては困る。戌峰くんのことが好きなのは私ではなくてあの女の子なのに! 名前も知らない女の子に何だか申し訳ない気持ちと、こんな話を他の人に広められでもしたらどうしようという気持ちで必死に誤解を解こうと申渡くんの目を見つめる。目を見れば私が嘘を吐いて誤魔化そうとしているのかそれとも本当のことを言っているのか申渡くんなら分かってくれると思った。

それなのに、申渡くんが予想外に真剣な瞳でこちらを見つめ返してくるものだから、変な風にドキリと心臓が鳴った。

「ではあなたの場合、結婚するならどのような男性がタイプなのですか」
「どんなって――」

彼の言葉につられて“結婚した自分”の隣に立ってる人を想像して、ボンと爆発するように急激に自分の顔が熱くなるのが分かった。頭の中でイメージした新居のキッチンでご飯を作る私の隣に立っているその人は――

「い、言えない!」
「何故ですか。やはり戌峰が」
「違うけど言えない!」

目の前に座っている人から慌てて目をそらす。

私がこの場に残ることになったのは女の子を走り回らせるわけにはいかないと申渡くんが気遣ってくれたからだということを知っている。私の密かなマイブームであるイチゴ牛乳を買ってきてくれたことも、私が興味を持ちそうな話題をきちんと考えて話してくれていることも、そのやさしさを当たり前のように私に与えてくれていることも。

「ナイショ!」

まさか想像した相手が申渡くんだったなんて、言えるわけがないのだ。

2017.06.07