「別にすぐそこだから大丈夫だよ」
「いけません。そうやって油断する人ほど危ないのです」

そう言って申渡くんは私の隣を歩く。

丁度飲み物がなくなってしまって、運悪く冷蔵庫の中にも飲み物のストックがなかった。今日は日が暮れてからも暑くて喉が渇いてしまったから自販機まで買いに出ようとしたら何故か申渡くんまでついてきた。曰く、夜の女の子の一人歩きは危ないからだそうだ。

「大体、一人では持ちきれないでしょう」
「抱えればなんとかなるって。私こう見えて自販機までおつかい行くの得意なんだよ」

私が自販機まで行くことを伝えると残りのメンバーもそれぞれおつかいをお願いしてきた。たかだか一本のペットボトルを買うためだけに外へ出ると考えると少し面倒くさい気がするが、ついでに皆のために複数買ってくるならばその面倒くさい気持ちも多少薄れるように思えたので快諾したのだ。その結果、私はそこそこの本数を買って帰ることになっている。

「申渡くんは知らないかもしれないけど、既に買ったペットボトルを抱えながら次のを取り出すのには少し技術が必要でね」

自販機で飲み物を大量に買うのには一回一回小銭を投入し、ボタンを押し、出てきたペットボトルを一本ずつ取り出さなくてはならない。取り出したらまた小銭を入れての繰り返しでなかなかの運動になるうえに、買う本数が多ければ多いほど抱えたペットボトルを落とさないようにバランスを取らなければならない。おつかいの中に炭酸飲料が入っていた場合はさらに注意が必要になる。

自販機で飲み物を買うだけに思えても、いかに大変で素人には務まらないことなのかを申渡くんに教えてあげたのだが彼にはいまいち伝わっていないらしい。

「ではなおさら二人で来た方が良いのではありませんか」
「そういう話じゃなくて」

自販機はすぐそこだが、家の真ん前にあるというわけでもない。一人で行ける距離なのは確かだけれど、申渡くんとお喋りしながら歩けるのは楽しい。

――それに、彼氏である申渡くんとふたりきりでいられるのは素直に嬉しいことだった。多分申渡くんは純粋に私のことを心配してついてきてくれたのだけれど、私はふたりきりであることに少し期待して、ドキドキしているのだ。黙っていると心臓の音が聞こえてしまいそうな気がして、どうでも良いことを喋り続けている。

「部屋にいたときは暑い暑いと思ったけど、外は少し寒いね」

夜の風がふたりの間を吹き抜ける。何も考えず室内にいたときの格好のまま出てきてしまった。むき出しの腕をさすりながら歩くと、少しずつ自販機の明かりが近くなってくる。皆の飲みたいものは聞いてきたけれど、自分は何を飲みたいか考えていなかった。緑茶がいいかアイスティーがいいか、この時間には少しカロリーが気になるがココアもいいかもしれない。



呼ばれた名前に振り向くと、ひどく真面目な申渡くんの瞳があった。どうしたのと尋ねる前に、腕に申渡くんの手のひらが触れてそのまま引き寄せられた。

「そうですね」

申渡くんの声が耳元で聞こえて、離れていく。

急に上がった熱に脳みその処理が追いつかないでいる間に申渡くんが自身の着ていた上着を脱いで、私の肩にふわりと掛ける。

「これで少しは寒さもやわらぎましたか?」

申渡くんの触れた箇所が熱いくらいだ。さっきまで何てことはないお喋りをしながら歩いていたはずなのに、私はもう少しこの熱を夜風で冷まさなければここから動ける気がしなかった。

2017.05.07