ぴたりと、手に触れたそれに指先から電流が流れたようなしびれが起こった。

「ぎゃあ!」
「痴漢にあったみたいな声を出さないでください」

飛び退いた私とは対照的に、申渡くんはいつもと変わらず落ち着いた様子だった。私は触れられた右手を胸の前で抱えながらバクバクと大きく鳴る心臓を何とか静めようとしていた。変な悲鳴を上げてしまったせいで街行く人がちらりとこちらを見たがすぐに興味がなさそうに通り過ぎていく。

「申渡くんが急に手を握るから!」
「恋人なのだから手ぐらい繋いだって良いのでは?」
「ダメ! びっくりするから!」

驚くほど幼稚な答えが口から飛び出る。びっくりしすぎて言葉までどこかに落としてきてしまったみたいだった。彼の意見はもっともだ。恋人と街を歩いていたら手を繋ぐのも自然だろう。友達なんか学校の中でも彼氏と手を繋いで歩いてそのラブラブっぷりを見せつけてきたりもする。むしろ一緒に並んで歩いているのに手を繋がないなんて恋人同士として不自然だと言われても仕方がない。

「では、これからあなたと手を繋ぎます。……これで良いですか?」

私の理不尽な言い分にも何故だか申渡くんは納得したような顔をして、律儀にも私の要望通り仕切り直そうとする。それが何だかとても申渡くんらしくて、胸の奥の方がじわりとあたたかくなった。

その言葉にほだされて少しだけ手を出すと、申渡くんの綺麗な手が近付いてくる。私のものとは違ってちゃんと男の子の大きな手だなぁと思うとまた心臓がうるさく鳴り出しそうだったので、ぎゅっと目を瞑って見ないことにした。またぴたりと手の甲を申渡くんの指が触れて――それがさらに私の指に絡まってきたものだから私は思わず彼の手を投げ捨ててしまった。

「何ですか」
「さっきと繋ぎ方が違う!」

さっきは普通に握るだけだったのに、今度は指を絡める、いわゆる――

「恋人らしい手の繋ぎ方をしただけなのですが」

恋人繋ぎというやつだったからだ。私は先ほどと同じように手のひらと手の甲だけが触れると思っていたからそこばかり集中して覚悟をしていたのに、指の間に触れるなんて全くもって不意打ちでしかなかった。そもそも普通の繋ぎ方で飛び退くぐらいなのに、さらに恋人繋ぎをしてくる申渡くんの気がしれなかった。

指先に彼の触れた感触がまだ残っているような気がする。軽く手を握ったり開いたりしてみたけれども、その感覚は消えないし、それどころか時間が経てば経つほど指先のしびれが増しているような気さえする。まるで、私のものではなくなってしまったみたいだ。

「大体、他のメンバーとは普通の顔してスキンシップしてるではありませんか」

申渡くんが今度は少しだけ納得出来ないと言うような声を出す。申渡くんの言ったことに間違いはない。特別男の子が苦手なわけではないし、同じ学校にも男友達は普通にいる。辰己くんの背中を叩いてみたりするし、虎石くんに肩を組まれても大丈夫だし、卯川くんの手を引っ張っていくこともある。戌峰くんとは両手を繋いでくるくる回って踊ったこともある。他の男の子なら何とも思わなくても彼だけがダメな理由なんて分かりきっているのに、どうしてわざわざ聞くのだろう。

「そんなの申渡くんが特別だからだよ」

申渡くんじゃなきゃこうはならないのだ。手を繋ぐくらいで頭がおかしくなりそうなくらいドキドキなんてしない。手を繋ぐくらいでこんなにギャーギャー騒いだりしない。申渡くんだけ、彼の行動だけが私にとって重大な意味を持つのだ。 世の中の女の子はこんなにも心臓が胸を突き破って飛び出てしまいそうなのを、どうやって抑えているのだろうか。耳の奥でドッドッと心臓の鳴る音がずっと聞こえているのに、顔がひどく熱いのに、地面がふわふわと覚束ない感覚がするのに、どうして皆普通でいられるのだろう。

「あまり可愛いことを言わないでください」

そう言って申渡くんが突然私の手を引いて、ぐいと自分の方へ引き寄せる。あっと思う間もなく私は軽くバランスを崩しておでこが申渡くんの肩口に当たる。息を吸うと申渡くんの匂いがして、今度は呼吸の方法まで忘れてしまいそうだった。私は次に備えてまたぎゅうと堅く瞳を閉じる。もう次こそ本当に心臓が飛び出てしまうんじゃないか。

――けれども、それだけだった。

「ほら、行きましょう」

そう言って申渡くんが歩き出す。体温が離れて、思わず「えっ」と言葉が漏れた。それから一瞬遅れて我に返り、「待って」と彼の背中を追いかける。隣に並んで、ちらりと盗み見た彼の横顔は普段と同じだ。でも、いくら見つめても頑なに視線は正面のままで、こちらを向いてくれないのだけがいつもとは違った。そのことに、心臓の奥底がむずむずとして落ち着かない心地がする。

少しだけ、世の中の人の言う『恋人に触れたい』とはどういうことか分かったような気がした。

2017.04.27