「僕の家で何か冷たいものでも飲んでいかない?」

彼のその申し出にドキリと心臓が鳴った。一瞬のうちにありとあらゆる想定が頭の中を駆け巡った末に、私の口から出てきたのは動揺で裏返ったひどく間抜けな声だった。

「えっ」
「えっと、今日はものすごく暑かったから疲れてないかなぁと思って」

そう言って那雪くんが身振りをつけながら言う。今日はとても暑いと天気予報でも言っていた。けれども、私は那雪くんの、好きな男の子の隣を歩く緊張でずっと汗をかきっぱなしだったからあまりよく分からなかった。

「すぐそこだから」とか「熱中症になったら大変だし!」と言う那雪くんの言葉からして、私はきっと心配になるくらい汗だくだったのだろう。

「ね?」

そう言って那雪くんが私の顔を覗き込む。私は今さら鞄からハンカチを取り出して首元を流れる汗を拭きながら、「うん」と答えるので精一杯だった。


冷房の効いたリビング。外の日差しはギラギラと焼けるような強烈さだったけれど、今はやわらかな白いレースのカーテンに遮られて鳴りを潜めている。

汗が冷えたらいけないからと冷房は適切な温度に設定され、もし寒かったら使ってねと膝掛けまで用意してもらってしまった。

「どうぞ」という言葉とともに目の前にグラスが置かれる。

「麦茶で良かったかな?」
「大丈夫。いただきます」

料理の上手な那雪くんだ。麦茶だって彼の淹れたものならきっとおいしいに違いない。

グラスに触れると心地良い冷たさが指先に伝わる。持ち上げるとカランと中の氷が涼しげな音を立てた。

麦茶は想像通りとてもおいしいのに、ごくごくと飲む音がやけに大きく聞こえて、今まで自分がどうやって水を飲んでいたのかも忘れてしまいそうだった。

「こんなものしかなくてごめんね。おやつの作り置きでもあったら良かったんだけど」
「ううん、十分だよ。知らないうちに喉がカラカラになってたみたい」
「もう一杯いる?」
「ありがとう」

とくとくと那雪くんがポットから麦茶を注いでくれる。なんだかその音すらもやけに大きく聞こえてしまう。座り直すとじわりと膝の裏に汗をかいているのが分かった。

「もう少ししたら妹たちも帰ってくると思うから」

その言葉に今この家には那雪くんとふたりきりであることを意識してしまう。那雪くんは絶対そういうつもりじゃないのに。

「それまではふたりきりだけど……」

ちょうど麦茶のおかわりに口を付けたところだった。

「げほっ」
「だ、大丈夫!?」

咳き込んだ私を見て那雪くんが慌てて背中をさすってくれる。麦茶が変なところに入ってしまったらしい。けほけほ言いながら何度か深呼吸をすると楽になった。

「ありがとう、もうだいじょうぶ……」

そう言って顔を上げると、那雪くんが思ったよりも近くにいてびっくりした。那雪くんがぱちりと一度瞬きをする。彼の手の触れている背中が熱い。

やっぱり何も大丈夫じゃないかもしれない。

2019.07.18