「こんなところでよく集中出来るねと思ったけど、そういうわけでもないのか」

耳からイヤホンが外れたかと思うと、目の前に整った顔が現れたものだから、ついに目を開けたまま夢を見る技術を身につけてしまったのかと思った。

「え、南條くん?!」

驚いて大きな声を上げてしまった私とは対照的に彼は「やあ」といつものにこやかな顔で軽く手を上げてみせる。両耳のイヤホンを外して音楽を止めるとガヤガヤとしたファーストフード店特有の喧騒が戻った。

「どうしてこんなところに? 南條くんってハンバーガーとか食べるの?」
「たまたま外を通りかかったら窓の向こうに姿が見えたからっていうのがこの店に入った理由。というか俺ってからどんな風に見えてるわけ?」

南條くんに会うのは中学卒業以来だ。中学で同じクラスだったときはそこそこクラス仲が良かったけれども彼が学校帰りにファーストフード店に寄り道するような人物だとは思っていなかった。思いもよらない場所で、懐かしい人物に会ったものだから私の頭はすっかり混乱状態に陥ってしまった。

「いつもわざわざこんな騒がしい場所で勉強してるの? 図書館にでも行けばいいのに」

学生の大きな笑い声や、隣の大学生らしきお兄さんのヘッドホンからは盛大に音漏れしている。小さな子どもが何やら一生懸命母親に話し掛けながら駆けていく。その中にひとりでこんなところにきた南條くんの姿はこの場からとても浮いているように思えた。沢山の友達に囲まれながら入ってくる姿ならまだ想像出来るのだけれど。

「俺的にはこんなところで教科書とノート広げても成績は上がらないって思うけど」
「図書館は静かすぎて自分のたてる物音が気になって逆に集中出来なくて……」

真面目に勉強している大学生の隣なんかでは少しだけやりづらい。そんな神経質なお兄さんではなかったとは思うが、もしうるさいと怒られてしまったらどうしようと考えてしまって自分の勉強どころではなかったのだ。

「家だと漫画読んだりしちゃうし、学校だと友達とお喋りしちゃって」
「へえ。言いたいことは分かるけど根本的に集中力なさすぎって思わない?」

思う。自分の集中力のなさは指摘されるまでもなく、自分自身が一番よく分かっている。余計なことばかりが気になってしまうのだ。せめてテスト期間中にもっと集中して勉強することが出来たら、きっとあと五点くらいは平均点が上がるのではないかと思えた。

「あと、ここ間違ってるよ?」
「えっ?」
「そもそも使ってる構文が違うんだよね〜。正しいのはこっち」

彼の指す部分をよく読み直してみると確かに似ているが正解は別の構文を使ったものだ。この単元で習ったものがきちんと理解出来ているか試すために、練習問題の最後にひっかけ問題が混じっていたようだった。それを一瞥しただけで気が付いた彼に対して私はすっかり感心してしまった。さすが元生徒会副会長だ。

「ありがとう」
「授業料はコレで」

そう言って南條くんがトレーの上に転がっているポテトをひとつ摘む。注文してから随分と経ってしまったそれは彼の指先でへにゃりと折れ曲がった。

「南條くんってこういうの食べるんだ」
「本当俺を何だと思ってるの? まぁ、たまに食べたくなるときあるよね」

たまに無性に食べたくなるときがあるのは分かるけれど、やはり南條くんがジャンクフード――しかもこんな油が回ってふにゃふにゃになったポテトを食べたがるとは思えなかった。せめて新しいものを飲み物と一緒に買いに行った方がいいのではないかと思ったのだけれど、彼はそんなことは一言も言わずにくるくるとポテトを指先で弄ぶばかりだった。

「半分分けてくれるなら面倒見てあげてもいいけど? どうする?」

そう尋ねながら南條くんがこちらを覗き込む。ふわりと彼の髪が落ちて、片目がその隙間から覗く。

何故そんなことを彼が申し出たのか分からないが、こちらとしては断るどころか是非にとお願いしたいくらいだ。南條くんの頭の良さは中学の頃からよく知っている。教えるのも上手で、テスト期間中は勉強を見てくれとあちこちから声が掛かっていたのを何度も見たことがある。もちろん少し離れたところから見るばかりで実際私が自分からお願いしたことなんて一度もなかったのだけれど。

「ぜひよろしくお願いします」

そう言って私が深々と頭を下げるのを見て「俺は厳しいよ?」と彼は小さく笑いながら向かいに腰を下ろしたのだった。

2017.11.20