今まで北原のような人に出会ったことはなかった。

失礼なことをずけずけと言う人も、あんな風に意地悪を言う人も、私のこれまでの人生で見たことがなかった。これまでが周りに恵まれすぎていたのかもしれないけれど、小学生のときだってこんなに意地悪な男子はいなかった。

「バッカじゃねーの。少しは考えろ」

いつも何も考えていない北原には言われたくない。つい勢いで言い返そうとして、やめた。思慮が足りなかったのは事実だし、どこをどう考えてもこれは私の責任だ。悔しいけれど、意外だけれど、北原の言うことは大抵正論なのだ。ぐぐぐ、と反論の代わりに唸ると彼はさらにこちらをバカにしたように笑う。

「こんなん間違える人間初めて見たぜ」

悪いがそれを間違えるのが私という人間なのだ。

コーヒーをいれてくれないかと言われたのに何を間違えたのか、コーンスープを用意してしまった。最初の一文字しか合っていないし、色は似ても似つかない。しかも、それがこともあろうか漣先輩の分の飲み物だったのだ。ちょっとでも考えればこんな暑い日におかしいと違和感を持ったかもしれない。ありえない間違いに、さすがの漣先輩もマグカップの中を覗き込んで『これは……』と苦笑していたし、横で見ていた南條くんは引いていた。私自身も間違いだったことに気が付いたときは顔面から血の気が引いた。先輩になんてことをしてしまったのだ、と。

「ウケ狙いか? だとしたらマジでセンスねーな。猿だってもうちょい人間サマの笑い取れるぜ?」

とは言え、何事にも限度というものがある。

「うるさーい! 落ち込んでるんだからちょっとは慰めたり出来ないの?!」
「ハッ、誰が落ち込んでるって?」

ぱちりと北原と目が合う。またこちらを馬鹿にしたような言い方に反論しようと口を開きかけたのに、そこではたと気が付いた。

「……まあ、反省はしても落ち込んではいないけど」
「だろーが」

北原は私をよく知っている。失敗してしまったな、先輩に失礼だったなと思いはしても、それを特別気に病んで自分を責めるような気持ちは一切ない。最後は漣先輩も笑ってくれたしと思っているくらいなのだ。そんな人間を慰めたって仕方ないというのは確かに正しい。

北原と話していると喉が渇いた。自分のために今度はちゃんとコーヒーをいれようと立ち上がると、彼が「おい」と私を呼び止める。

「帰んのか?」

北原が裏表のない人だということは知っている。今の言葉だって早く帰れという意味ではなく、単純に私が立ち上がったから帰るかどうか尋ねただけだ。それでも、その答えを口にするのが癪で、軽く北原を睨んでみる。けれど、彼はそれを分かっているのかいないのか、ただこちらを見つめ返すだけだった。こういうときばかり素直にこちらの答えを待っている。

「帰んない、けど」

悔しいけれど、信じられないけれど、こういう北原の隣はちょっとだけ居心地がいいのだ。

2018.04.21