「ちょっと、翔、寝ないでよ!」
「はあ? 寝てねえだろ」

ベッドに腰掛け、翔の髪にドライヤーを当てて乾かしていると、彼のガクリと頭が落ちた。こんなところで寝落ちされては困ると声を掛ければすぐに返事が返ってくる。どうやらちょっとうとうとしただけで本格的に寝落ちたわけではなかったらしい。

こんなところで寝られて風邪でも引かれたら大変だ。翔の髪は長くないからすぐ乾くはずなのに、その短い間にうとうとするとはもしかして疲れが溜まっているのかもしれない。再び彼の髪に指を通しながらドライヤーを当てるとふわふわと彼の柔らかい髪が揺れる。

「タヴィアンにドライヤーの風が当たっちゃったらどうするの」
「おい、気を付けろ」
「だから気を付けてるんだってば」

私だって最近すっかり懐いてくれたタヴィアンに嫌われるようなことをわざわざやりたくない。翔の膝の上で気持ち良さそうに寝ていた彼女は、私が視線を向けると大きなあくびとそれから大きな伸びをして翔の膝から下りた。どうやら水を飲みに行くらしい。懐かれたと言ってもまだ私の膝の上ではたまに、ほんの気まぐれでしか寝てくれないのでタヴィアンが一番気を許している飼い主が羨ましくて仕方がない。

そんな風にしている間に翔の髪はあっという間に乾いていく。人の髪なんてどのくらい乾かして良いものなのかいまいち判断がつかない。しかも男の子の髪の毛だ。乾かすときのどの程度整えるのかも分からないし、このやり方で合っているかも分からない。

「ちょっと、動かないで」
「この天花寺翔様の髪を乾かせるんだ、光栄に思いやがれ」
「何言ってんのー」

笑いながら返したけれども、本当はこれがとても幸運なことだということを理解している。こんな風に天花寺翔様の髪を乾かすことの出来る女の子は限られている。美容師でも何でもない私がこんなことが出来るなんて本来ありえないことのはずだった。今でもふとした瞬間に信じられないような気持ちになる。



翔が顔を真上に向けて私の名前を呼ぶ。私を彼が私を下から覗き込んでくるという状況が、ひどく落ち着かない。先ほどまでずっと彼のつむじを見ていたせいかもしれない。「なに?」と答えると彼はにっといつものように笑う。

「交代してやる」
「えっ、私のはいいよ」
「この天花寺翔様が――」
「あー、ハイハイ! お願いします!」

また面倒くさくなりそうだったのでさっさと折れることにした。翔が立ち上がって私の座っていたベッドの縁へ、私は床に座って場所を交換する。

「ボサボサにしないでね」
「誰に向かって言ってんだ、この野暮助」

そう言って触れる翔の手はひどくやさしかった。私が彼の髪の毛を乾かすときに使ったブラシを手に取って、ゆっくり少しずつ髪を梳いてくれる。そんな風に丁寧に髪を梳かされることなんて今まで経験したことがなかったので、何だかそわそわする。自分でやるときだってもっと雑に梳かしてしまうのに。私の髪の毛なんて抜けたり、切れてしまっても大丈夫なのに。

「ドライヤー、熱くないか」
「大丈夫」

彼が私の髪に指を通すのが心地良い。ドライヤーから出るあたたかい風も相まって、つい眠くなってしまうのも道理のように思えた。欲求に逆らわず後ろに体重を預けると、彼の手が戸惑ったように揺れた。

「おいこら寝るな。まだ乾かしてる途中だ」
「寝てないよ」

寝るなと言いながらも彼の大きな手は私の頭を撫でている。まだ途中だと言っていたが、もうほとんど乾いているしこのまま寝ても支障はないだろう。頭を撫でる一定のリズムが心地良い。出来ることならずっとこうしていたかった。

半分は神様が与えてくれた幸運だったかもしれない。けれど、少なくとももう半分はきちんと翔が私にくれたものだ。彼が私を選んで、私に与えてくれた。こういうとき、それをひどく実感する。

2017.07.22