「柊くん、そっちのあれは?」
「問題ない。それよりも――」
「分かってる。こっちがひと段落したらすぐに手を付けるから」
「助かる」

机の上に散乱した紙をファイルにひとまとめにして、それをさらに棚に戻していく。戻したそばからまた違うファイルをひっぱり出してきてはそれを机の上に広げて必要な書類を探す。分厚いファイルの中ほどになってようやく目当ての書類を見つけ出して柊くんに渡す。彼がパソコンから目を離さないままそれを受け取ったのを確認すると、今度は部屋の隅に置いてあるダンボール箱を机の上に上げると中を改めていく。『あれ』はどこにあるのだろう――

そんな風に部屋中を探し回っていると、それまで部屋の入口でこちらの勢いに圧倒されたかのようにおとなしく立っていた辰己くんがぽつりと言葉を落とした。

「先輩方はまるで夫婦のようですね」

辰己くんの言葉に私は持っていた箱を取り落としそうになったのを何とか持ち直すと、視線は後輩に向いたまま動けなくなった――多分柊くんも同じだろう。辰己くんはそんな私たちを見て穏やかな表情を崩さず「『あれ』とか『それ』とか」と言葉を付け足した。決して私たちは彼の言葉が何を指したものなのか分からなかったわけではない。

「ちょっと辰己くん――」
「それじゃあ俺はチームの皆を待たせているので失礼します」

そう言って辰己くんは言葉を失っている私たちを置いて無慈悲にも部屋を出ていってしまった。パタリと扉の閉まる音が虚しく部屋の中に響く。確かに辰己くんの柊くんへの用事は済んでいて、だからこそ私もバタバタと部屋の中をあれこれ探し回っていたのだけれど。

一体、この空気をどうすれば良いのだろう。柊くんは何も言わないし、彼がどんな表情をしているのか怖くて確認することも出来ない。もしとんでもなく嫌そうな顔をしていたらどうしよう。そんなことばかりを考えてしまう。

「えーっと、辰己くんは何言ってるんだろうね! 私たちの会話がこうなのは今に始まったことじゃないのにね」

気まずい空気を振り払うように、努めて明るい声を出す。そもそもふたりは付き合っているのかと聞かれたことは何度かある。そのたびに私はそんなんじゃないよ〜と誤魔化してきた。多分、柊くんの方も何度か友達に聞かれているだろう。彼がそういうときなんて答えているかは知らないけれど。少なくとも今までは、2人揃っているときにそんなことを聞く勇気を持ってはいなかった。

それにしても辰己くんは『付き合ってる』をすっ飛ばして『夫婦みたいだ』なんて、なかなか突拍子もない面白いことを言う。せめてそうやって笑い飛ばしてしまいたかったのに、柊くんからの返事はない。パソコンのキーボードに手は乗せられているようだがそこからタイピングの音が聞こえてくる気配もまったくない。私もわざとらしく本棚を見てるふりをして視線を逸らしているのだからおあいこなのだけれど。

「そうだ、窓! 窓開けるね!」

さっきまでやることが山積みだと思っていたはずなのに今では全部すっぽり頭から抜け落ちてしまって、次に何をすれば良いのか分からなくなってしまった。苦肉の策で思い付いたのが換気だったのだ。私がバタバタと走り回っていたせいで、この部屋が少し埃っぽくなってしまったかもしれない。それでなくとも外はとてもいい天気なのだ。窓辺は午後のぽかぽかした光が差し込んでいてあたたかい。

この部屋は柊くんに似ている。

「本当に付き合ってしまわないかと、僕が言ったらどうする?」

バタリと勢いよく窓を開けると外の気持ちいい風が部屋の中へ吹き込んでくる。私が窓を開ける音にも、吹き込む風の音にも、外から聞こえる学生の声にも、柊くんの言葉は掻き消されずにまっすぐ私の耳に飛び込んできた。私は本当はずっとこの言葉を待っていたのかもしれない。「いいよ」ふわりとカーテンが揺れる。

「私は柊くんのこと好きだから、いいよ」

そう言って振り向くと、ひどく目を丸くして驚いた様子の柊くんがいた。自分から話を持ち出したくせにね。

2017.04.28