「はい、これさんにあげるです」

そう言って蜂矢くんは私に色とりどりの金平糖が詰められた瓶を手渡してくれた。誕生日でもなければ何でもない、こんなプレゼントをもらう理由が分からなくて、「どうして」と理由を尋ねると彼は眼鏡の奥でふわりと目を細めた。

「綺麗だったから」

ちかちかと目の前に淡い白い光が瞬いたような気がした。微笑む蜂矢くんは先ほどと変わらないはずなのに、何だかさっきよりも景色が一段階明るくなったようにも思えた。

そうして私は小さくころんと手のひらで転がる星たちを蜂矢くんからもらったのだった。

 

今日は何だかまっすぐ家に帰りたくなかった。

今はテスト期間中であり、本当は早く家に帰って勉強しなければならないことは分かっていた。けれども今日受けたテストの出来があまり良くなかったのだ。気合いを入れて勉強した割に手応えが全く感じられなかったのが何だか裏切られたような気持ちがして、どんよりと胸に重い石が詰まっているかのようだった。

こういうときいつもだったら蜂矢くんからもらった金平糖を食べていた。

ちょっと気分の乗らない朝だとか部活の大会で頑張りたいときだとか、そういう特別なときにひとつずつ食べることに決めていた。一粒取り出して口に含むと甘さとともに何だかしあわせな気分まで広がるような気がした。

しかし、それもこの間最後の一粒を食べてしまった。金平糖の入っていた瓶はそれだけでもかわいらしいので机の上に飾ってあるのだけれど、今はその空っぽの瓶を見たくなかった。一緒にしばらく蜂矢くんに会っていないことも思い出してしまう。

さん?」

ちょうど頭の中で考えていた人に名前を呼ばれたような気がした。まさかそんなはずはないと思いつつも反射で振り返るともう一度、今度ははっきりと「さん!」と呼ばれた。人混みに流されながらもそれを必死で掻き分けながらやってくる人影があった。もしかしてと期待する気持ちとまさかと思う気持ちが半分ずつ混ざったまま彼の名前を口にする。

「蜂矢くん?」
「どうしてこんなところに? でもちょうど良かったです!」

そうしてこちらへ駆け寄ってきたのは蜂矢聡その人だった。いつも頭の中に思い描く蜂矢くんの笑顔そのままの表情で。

「会いたいと思ったところだったので」

まさに私が頭の中で思ったことを彼が口にするものだから、本当に私の脳みそが勝手に生み出した幻なんじゃないかと疑った。こんな偶然あるわけがない。こんな都合の良いことがあるわけがない。そう思うのに何度瞬きしても目の前の蜂矢くんは消えなかった。

「今日はもう学校終わったですか?」
「今、テスト期間中で……」
「ああ、それで早く帰れたんですね」

蜂矢くんが納得したように言う。私の方はまだこれが夢なんじゃないかと現実を信じられずにいるというのに。

「タイミングが良くてラッキーでした」

そう言いながら彼が何やら自分の鞄の中をごそごそと漁り出した。下を向く蜂矢くんの髪が重力に従って落ちて、頭の天辺のつむじも見えている。何かと転びがちな蜂矢くんのつむじを見る機会は今まで何度かあったけれども、こんなにゆっくり見れることはないのでついぼんやり眺めてしまった。彼が探しやすいように鞄の持ち手を片方持ってあげたりだとか出来たはずなのに。私の頭が働いていないうちに蜂矢くんは無事探し物を見つけたようで、「良かった。割れてないですね」と何かを取り出した。

「これをさんに」
「これ……」

私の手に乗せられたのは瓶だった。――中にはいつかと同じように金平糖が詰まっている。

「店先で目に付いて。期間限定らしいです」

確かに以前もらったものとは瓶に入れられている金平糖の配色が違った。涼しげな青や紫などが多く入っていて綺麗なグラデーションを作っている。瓶をそっと横に振ると中の金平糖がころりと転がった。

「夏らしい色なのでさんも気に入るだろうと思って」

パッと顔をあげて蜂矢くんを見れば彼はいつもと同じやさしい瞳でこちらを見つめていた。私が今少し落ち込んでいたことに気が付いたのかとか私が好きなものを知っていたのかとか聞きたかったはずなのに、その瞳と目が合った瞬間、私は言いたかったことの半分も忘れてしまったのだった。

「どうして?」
「綺麗だったからですよ」

そう言って蜂矢くんは何てことのないように答えて、またふわりとやさしく微笑む。前と同じ蜂矢くんの答えに私の胸がとくとくと鳴る。久しぶりのように感じるその感覚が心地良かった。

私が「ありがとう」とお礼を言えば蜂矢くんの方が嬉しそうな顔をするのだ。それに思わずきゅっと瓶を握るとまたころんと小さな音が鳴る。


私の手の中で星たちがきらきらと瞬いているような気がした。

 

2017.08.09