ピンポーンと多少間の抜けた音が部屋に響いた。「はーい」という返事とともにインターホンに出ると「お届けものでーす」と男の人の声が受話器越しに聞こえる。

数日前、通販で買い物をした。発送メールもきていたし、きっとそれが届いたのだろうとうきうきした気持ちで玄関のドアを開けた。――それがいけなかった。

「お届けものでっす!」

夜に不似合いなほど明るい声。そこに立っていたのは、いつもの制服を着た宅配員ではなく、にこにことひどく楽しそうな笑顔の友人――双葉くんだった。

今日彼から連絡は来ていない。約束をした覚えもない。アポなしで、しかもこんなに良い笑顔で彼が訪ねてくるなんて悪い予感しかしない。無言のまま反射的にすっとドアを手前に引いたのだけれど、それも想定済みだったのか「おっと」と言う声とともに彼がドアの隙間に体を滑り込ませた。

「ダメだよ〜、女の子の一人暮らしなんだからちゃんと確認してから開けないと」
「ホント、今、心の底からそう思ってる!」

ドアを引きながらも双葉くんに痣を作らせてはいけない。力を加減しながら抵抗したが、それすらも彼は分かっていたようで、わざとらしく「いてててて!」なんて声を上げてみせる。ドアがちょっと体に当たっているだけで、全然痛くなんかないくせに。その証拠に彼の顔はずっとにこにこと笑顔のままなのだ。

「お届けものっていうのは本当。おいしそうなドーナツが売ってたから買ってきたよ」

そう言って手に持っている箱を軽く掲げてみせる。そこでやっと彼が何しにきたのか何となく理解出来た。

「いつもみたいに早乙女くんちに行けばいいでしょ?!」
「それが、りっちゃん今日帰り遅いみたいなんだよね〜。調子乗って買いすぎちゃったからひとりじゃ食べきれないし」

箱の大きさからして、確かにひとりで食べるには多い量で食事がドーナツばかりになりそうだけれども、“食べきれない”と言うほどではないとは思う。きっとせっかく買ってきたものをひとりで食べるのは何だか味気ないというのが本音なのだろう。その相手に私を選んでもらえたことを光栄だとは思うのだけれど。

「ほら、ちゃんが待ってた荷物も届いたみたいだよ」

そう言って彼がちらりと後ろを振り返る。それにつられて双葉くんの後ろに視線を向けると「あの〜」と少しばかり戸惑った男性の声が聞こえた。その声に慌ててドアを大きく開けると、今度こそいつもの業者の制服を着た宅配員のお兄さんが立っていた。

「あ、すみません」
「ここにサインお願いします」
「はい」

私が受領書にサインをしている間に双葉くんがするりと部屋に上がってしまう。「あっ」と声を上げる隙もなく、まるで猫みたいだ。受け取った荷物はとりあえず玄関に置きっぱなしにして彼の後を追って部屋の中に戻る。宅配のお兄さんには変なところを見られて恥ずかしいし、結局双葉くんには部屋に入られてしまった。彼がこの部屋を訪ねた時点で、私が彼を追い返せるとも思えなかったけれど。

「双葉くん!」
「まぁまぁ。これちゃんもこの間食べたいって言ってたお店だよ?」

双葉くんはそう言いながらもうテーブルの上に持ってきた箱を置いて開け始めている。箱に書かれた店名を見ると確かにこの間話題に上がったドーナツ専門店のものだった。

「言ったかも、しれないけど……」

友達とは言えふたりきりなのに男の人を部屋に上げるなんて彼の言う通り警戒心が足りないと思うのだけれど、双葉くんを相手に喋っていると彼は心の中にもするりと入り込んでしまうのだ。

「言った言った。ほら、見て、おいしそうでしょ?」

双葉くんが箱の中からドーナツをひとつ取り出して、その穴から片目を覗かせる。輪の向こうの彼のくりっとした瞳と目が合う。

「ね?」

そう言って今度はドーナツを顔の前から外して小首を傾げてみせる。指摘すればきっと『カワイイっしょ?』などと返ってきそうだと頭では分かっているのに、ついぐっと言葉に詰まってしまった。

「……飲み物、紅茶でいい?」
「ありがと! ドーナツ、ちゃんから好きなの選んで良いからね〜」

ちらりと彼が買ってきた箱の中身を見ると、何種類かのドーナツが並んでいた。素朴でふわふわやわらかそうな生地に、一部分にやさしいピンクや緑色のチョコレートが掛かっているものもある。どれもおいしそうな上に見た目もかわいらしくて、咄嗟にひとつを選べない。

「悩んじゃうかな?」

テーブルに頬杖をつきながら双葉くんがこちらを見上げて言う。こちらに投げ掛けながらも、こうなることを彼は分かっていたのだろう。ちょっとだけずれてスペースを作ると私に座るよう促す。

「沢山種類あるから半分こしよっか」

諦めて手を引かれるままに双葉くんの隣に座る。「先に紅茶淹れようと思ってたのに」と小さくぼやけば、「まぁまぁ」と彼はまたひどく楽しそうな声で言うのだった。

2017.11.04