「ほら、しっかり歩けって」
そんなこと言われても、足はどんなに力を入れてもふにゃふにゃのままで、かろうじて左右交互に前に出すので精一杯だ。しゃがみ込んでしまいそうになるのを彼が私の脇の下に手を入れて上に引き上げる。
「ったく……」
「うおずみ〜」
私が名前を呼ぶのを少し呆れたような声で「はいはい」と返す。マンションの前まで車で送ってもらったと言うのに部屋の前までの短い距離すらまともに歩けないのでは呆れられても仕方ないだとは思う。
「全く、どうせ呼びつけるならもっと早く呼べ」
「でも、双葉と早乙女が〜!」
「はいはい」
本当は忙しい朝喜を呼びつける気なんてなかったのだ。でもふたりが呼んだ方が絶対楽しくなると主張して、私が電話を掛けるまで一切引かない気配だったのでつい折れてしまった。
珍しく一度のコールで電話に出た彼は私が『もしもし〜うおずみ〜?』と言い終わる前に『今どこだ?』と珍しく切羽詰まったような声で言った。
その先は双葉にするりと携帯を取られてしまって、何も出来ない間に彼は話を付けて、『今すぐ来るって!』と笑顔で私に携帯を返した。
そのときは適当なことを言ってと半信半疑だったのだけれど、そこから一時間もしないうちに本当に現れたのだから驚いた。
目を瞬かせるだけの私に早乙女は『きみのためなら魚住はこのくらい何でもない』と小さな声で囁いた。『魚住はきみの恋人なのだから』とも。
「ほら、着いたぞ」
そう言って彼が私の部屋の鍵を開け、私を中に運び入れる。ふわふわとする足元のままベッドまで辿り着く。
普段ならこんな酔い方はしない。いつも先に潰れるのは朝喜の方だというのに。
さっきまでぴったりくっついていたせいか、ひとりきりの布団がやけに冷たく感じた。きっと次に目が覚めたときには彼は帰ってしまったいる。彼には明日も仕事があるだろうし当然のことだ。
けれども、それが分かっていても何だか離れがたかった。きっとお酒のせいだ。
「あさき、さむい……」
きゅっと彼の服の裾を掴む。それに対する彼の表情は見えなかった。
「……今回だけだからな」
そう言って彼が掛け布団をめくってベッドに乗り上げる。そのまま布団に潜り込むとぎゅっと抱きしめてくる。
「えっ」
「何だよ」
「朝喜がこんなことするだなんて驚いて……」
そういうつもりじゃなかったのに、という言葉は何とか飲み込んだ。言えばきっと彼は照れて怒ったように帰ってしまうだろうから。彼が逃げないように抱きしめ返す。
「眠るまでいてやるから」
ぽんぽんと彼の手が私の頭をやさしく撫でる。
酔いはすっかり覚めてしまった。代わりに彼の顔が赤くなっていく。照れるくらいならしなければ良いのに、朝喜らしくない。
じわりじわりと感じる熱は彼から移ってくるものなのか私の熱なのか混ざり合ってしまってもう分からない。
目を閉じると、とくとくと彼の心音が聞こえた。
2019.12.31