私が「好きです」とはっきり伝えると、彼は目を丸くさせ、口を一度開けたあとに発するべき言葉を見つけられないまま閉じた。いつも自信に満ちた彼らしくない姿に、それを見られただけでも言った甲斐があったと思えた。

「なにを……」
「言葉通りの意味ですよ」

にっこりと微笑んで「愛の告白、それ以外に意味があるとでも?」と言って見せると、彼はさらに狼狽えたように半歩下がった。

「もうとっくにバレているものだと思っていました」

私が“坊ちゃん”を慕っている話は使用人の間では有名で、それはもうとっくに本人の耳にも入っているものだと思っていた。初耳だというのは私にとって予想外のことだった。

「私は分かりやすいそうですから」
「確かにきみは感情を表に出しすぎる」

そう言って彼が私に指を向ける。

以前、何度かそれを指摘されたときのことを思い出す。完璧な使用人ばかりのこのお屋敷で、私のような人間は珍しく、しかし彼はそれを少し楽しんでいるような節があった。

そのときのことを思い出して、つい頬がゆるんでしまいそうになってしまった。

「それで、ダメですか?」

再度答えを求めると、彼は察しろとでも言いたげに恨めしそうな目で私を見る。

言ってくれなきゃ分かんないですよ。いつもはあなたの方が「言いたいことがあるのならはっきり言え」と言う側なのに。

きっと私は使用人として失格なのだろう。彼を支えなくてはいけないはずなのに、こんなにも困らせてしまっている。

「きみを、そんな風に思ったことはない」

そう言って彼は顔を背け、頭を振り、部屋の中を歩き始める。

「私ときみが愛を語り合う……? まさか!」

少しは情が移っていたと思っていたのだけれど、見誤っていたようだった。ゆっくりと目を閉じる。

先ほどの彼は何かを取り繕う余裕なんてないように見えた。何が彼の本心なのか分かる程度には、私は彼を理解している。それほど私は彼のそばにいた。

きっと、彼にとって私はあくまで使用人のひとりに過ぎず、彼の心の中の一線は超えなかったということなのだろう。

もう一度目を開けると、彼は私の前にいて、先ほどよりも眉を歪めた表情でこちらを見ていた。

「ふふ、知っていました」

例え彼の心が私に向いていたとしても、彼が私を選ぶはずがないこと。彼は私よりも美しい女性や、可憐な女性を知っているのだ。そうでなくても、彼が背負っているものを考えれば答えは決まりきっていた。

ずっと好きでしたよ、アレックス様。

もう一度だけ、最後にそれを伝えると、彼は私の心を鏡に映したかのように何故だか苦しそうな表情をしたのだった。

2019.08.26