五年で一番顔がいいのは兵助だ。無駄に整った顔をしているし、無駄にまつげが長い。髪質もいい。性格が一番いいのは多分勘右衛門。雷蔵とタッチの差で勘右衛門の性格のがいいと私は思っている。雷蔵は時々黒いし。でも結婚するなら雷蔵という意見も根強い。迷い癖はあるけど成績優秀だし、細かいとこちみちみ気にしないし、優しいけど甘やかしっぱなしじゃなくて怒るときは怒ってくれるし。でもって一番モテるのは三郎。これは絶対だ。なんせ女の子に呼び出される回数が半端じゃない。私も三郎が呼び出されるところに何回かかち合っている。私なんかは三郎のどこがいいのかさっぱり分からないが、多分ちょっと性格悪いところがいいのだろう。性格ひねくれてるくせに武道の成績は良いし変装の名人だし。

そして一番モテないのは竹谷八左ヱ門だ。特に成績良いわけじゃないし、顔も悪いわけじゃないけどそんなに良いわけでもないし、性格も可もなく不可もなくといった感じだ。ムードメーカーではあるけれど、それだけ。すぐ調子乗るし、デリカシーはないし、髪の毛いつもボサボサで傷んでるし。ハチが告白されたなんて話は聞いたことがないし、ハチにキャーキャー騒いでいる女の子も見たことがない。

「竹谷くん、あのっ!」

だから今こうしてハチが知らない女の子に告白される直前であろう場面に遭遇しているのが信じられなかったりする。男の方は背を向けていて顔は分からないがあのボサボサ頭はハチだ。間違いない。絶対だ。そして女の子の方は私がいる場所からよく見えた。

「私ずっと、竹谷くんのことが…」

この先は聞かなくったって分かる。赤く頬を染めてもじもじしながら続ける言葉はひとつだろう。そのまま私は踵を返してふたりに気付かれないように元来た道を戻った。私だって他人の告白現場を覗き見するほど悪趣味ではないのだ。

そうして当てもなく歩きながら、ハチでも女の子に告白とかされたりするんだとか当たり前のことを思った。

何となくハチのそういう話は全く聞かないから、安全なんだと勝手に思っていた。他の四人と違ってハチは凡人だと思って勝手に安心していた。聞かないだけで、そういう事実は存在するのだなと、目から鱗の気分だった。確かにさっきの子はどちらかというとおとなしめで、そういう風な話は仲良い友達二人ぐらいにしか打ち明けません、みたいな顔をしていた。勝手なイメージだけど。

そして次に私にハチの居場所を教えたやつを恨んだ。

「三郎のやつ…!」

三郎はきっと全部分かっていて、「ハチは?」と聞く私に「竹谷なら飼育小屋の裏に行くって言ってたぞ」なんて言ったのだ。今思えばあのときの三郎は若干ニヤニヤしていた。わざわざ飼育小屋の裏に行くなんておかしいな、それなら飼育小屋でいいじゃんかと思ったものの、深く考えもせずのこのこと行ってしまった自分を呪った。どっか建物の裏なんて告白場所の定番じゃないか。そんなことにも気が付かないなんて!

自分にも憤りながらドシドシ歩いていると、よく昼寝をしている場所に着いたので木陰に腰を下ろす。どうせだからここで寝ようかなぁと考える。ハチに会いに行く予定だったから暇になってしまった。ハチは今頃あの子とどんな話をしているのだろう。っていうかあの子誰だったんだろう。ハチのこと『竹谷くん』って呼んでたから同級生か、もしくは先輩?でも先輩には見えなかったなぁ。むしろ年下に見えた。えー、先輩だったらどうしよう。

「んー」

考えすぎて無意味な音が口から出てくる。もしハチが彼女と付き合うことになったら今までみたいに気軽に遊べなくなっちゃうなぁなんて思った。あの子はハチのどこが良かったんだろう。もしかしてハチの本性知らないんじゃないだろうか。ハチなんかあれだよ、その日会って一番に「なんか太った?」とか聞いてくる男だよ?デリカシーの欠片もない男だよ?そんなやつに惚れる人がいるとは思わなかったなぁ。ハチの良さに気付く人がいるとは。

「何やってんの?」
「ぎゃあ!」

突然見慣れた顔が目の前に現れた。それは今まで考えていた人物で、こんなところに来るとは思っていなかったから、まさか私の脳みそから出てきてしまったのかと思った。けれども当然それはハチ本人だった。

「ぎゃあって…。そんなに驚くことじゃないだろ」
「驚くよ。急に出てこないでよね、ハチ!一体何の用?」

心臓がまだバクバク言っている。なんて心臓に悪い男だろう。

「いや、たまたま通りかかったらの姿が見えたから。こんなところで何してんのかなーと思って」
「何って、昼寝!昼寝よ!」
「寝てなかったじゃん」
「これから寝るところだったの!」

そう言うとハチは「ふーん」と言いながら私の隣に座ってきた。隣に座って、なおも私の顔を覗きこんでくる。目を正面から捉えられたら考えていることが読まれてしまうような気がして顔を背ける。私ばかりが慌ててハチが余裕なのがなんか不愉快だった。

「さっき女の子に告白されてたでしょう」
「え、何、見てたの?」
「覗き見してた訳じゃないよ、たまたまだよ。それに彼女が肝心なこと言う前にはちゃんと立ち去ったし」

そう言うとハチは「あー見られてたのかぁ」と決まり悪そうに頭を掻いた。ボサボサ頭が余計ボサボサになる。その頭何とかした方がいいよ、と思う。タカ丸さんに頼んで少しはマシにしてもらった方がいいよ、と。思ったけれど今それは関係ないことなので口には出さなかった。

「…で?」
「でって何?」
「オーケーしたの?」
「してない」

当然このあとデレデレになったハチの言葉が続くものだと思っていたからこの答えは少々意外だった。

「なんで!」
「なんでって…」
「ハチの好きそうなかわいらしい子だったじゃん。胸もおっきかったし」
「おい、お前俺をなんだと思ってるんだよ」
「え、違うの?ハチは胸が大きくて少しおとなしめの女の子らしいかわいい子が好きでしょ」

あんなかわいい子からかわいく告白されて断る男がいるだろうか。いや、いた。目の前に。なんてバカな男だろう!私が男であの子から告白されたら絶対オーケーするのに。逃した魚は大きいぞ、と心の中で言ってみる。

「そりゃあ別に嫌いじゃないけど…」
「素直に好きと言いなさい。何で断ったのよ。夢だとでも思ったの?あんなかわいい子から告白されて?」
「好きな子じゃなかったから」
「は?」
「だから、その子が好きな子じゃなかったから断った」

予想外すぎる言葉が出てきて一度聞き直してしまう。もう一度聞き直したいくらいだ。好きな子じゃない?好きな子?え、それはハチの好きな子って意味?そりゃ当然だ。と自問自答する。驚きすぎて口を開くとカラカラに乾いていた。声が震える。

「ハチ、好きな子とか、いるの?」

そりゃあ、と彼が言った。

「そりゃあ、いるよ」
「何それ初耳!」
「気になる?」

そりゃあ、と今度は私が言う。そりゃあ気になるよ、と。気にならないわけがないのだ。三郎やら兵助やらが告白されたなんて話は割りと高頻度で聞くけれども、考えてみればハチのそういう話は今まで一度も聞いたことがなかった。どういう子がタイプか、みたいな話は皆と少し話したことはあったけれど、こういう具体的なことはハチは言わなかった。そもそもどういうタイプが好きかって話しているときもハチはあまり自分のことは話さなかった。私も大体想像つくから別に聞かなくても良いと思っていた。もしかして、私はハチのこと全然知らないんじゃないだろうか。

「だれ?」

さっきの子みたいなロリ系で胸の大きい子なんてそうそういないんじゃないかと思った。あの子と同レベル、もしくはそれ以上の子なんていただろうか、と瞬時に検索をかける。

「教えない」

思考が止まった。

にだけは教えない」
「何それ、なんで私だけなの?あ!ってことは兵助たちは知ってるってこと?」

誰よ、どうして私にだけ教えてくれないの、と詰め寄ろうとしたとき視界の端に見知った顔が映った。しかもこのあと会いに行かなければと思っていた人物だった。ハチのことも気になったけれど通りかかったのは私にとって諸悪の根源のような男だったから無視することは出来なかった。

「三郎!」
「おうおう、どうした。竹谷には無事会えたみたいだな」
「会えたか、じゃないわよ。変なところに私を送り込んで!知っててやったでしょ!あとで覚えときなさいよ」
「そんなことはどうでもいいんだよ。それで、どうだった?」

三郎は私を適当にあしらってハチに詰め寄る。しかしハチは視線を逸らして「はぁー」と大きな溜息を吐いたきり何も言わなかったから私が代わりに三郎に説明する。

「ハチが告白されてた。しかもハチその子のこと振ってるんだよ。バカだよねー。ハチの最初で最後のモテ期だったかもしれないのに」
「は?何それ本気で言ってんの?竹谷がモテないって?」
「え、だってハチのそういう話全然聞かないし」

私がそう言うと三郎は私に向かって「ばっかじゃねーの」と言った。

「ばっかじゃねーの。お前そりゃ、竹谷がお前にだけは知られないように必死だったからに決まってるだろ」

マジでか。思わず私が呟くと三郎は「おーおー、マジだぜ。本当に気付かなかったのか?」と返してきた。マジでか。三郎の完全にバカにしたような声に突っかかる余裕もなくひたすら驚く。ってことはハチはそれなりの頻度で呼び出しを受けているってことか。結構モテるってことですか。私が知らなかっただけか。

「もしかしてお前本当に鈍感だったのか?」

お前らもう面倒くせーんだよ、と言う三郎の声が遠のく。視界が暗くなる。目の前が真っ暗になったのは精神的なものかと思ったら、ハチが後ろから手で私の目を覆っているようだった。全く私の精神とは関係なくて、物理的なものに起因するものだった。頭の後ろがハチの胸に押し付けられてなんだか抱き締められるような格好になる。

「あー、もう、三郎それ以上は言うな!俺が、言うから!」

ハチの必死な声が上の方からした。「あー、はいはい」と言う声とともに三郎が立ち上がる気配がする。そのまま三郎はこの場から去ったのだろうか。視界は未だハチの手によって遮られていてよく分からない。

!」

と今度は肩を掴まれてハチの方を向かされる。「なんでしょう」と答えるけれど全く意味のない言葉だということは分かっていた。真剣なハチの目が真っ直ぐ見てくる。

「俺が、好きなのは―――」
 

その先の言葉を知る
続く言葉はひとつしかなかった。