私は今日も迷子になっていた。

こう言うと私が方向音痴みたいだが、違う。私は学園内で迷ったりしないし、教室から長屋に帰るまで一時間も要したりしない。迷子紐つけられたこともない。けれどよく迷子になる。それは何故か。三年ろ組の方向音痴ふたりに何も考えず付いて行ってしまうからだ。

今日だって左門と三之助に裏山までランニングに行こうって言われて簡単に頷いてしまったのがいけなかったのだ。最近太り気味だったからダイエットに丁度良いかななんて思ってしまったのがいけなかったのだ。そりゃあちょっとはこのふたりと一緒で大丈夫かな、とは思ったけれど三之助が

「俺を誰だと思ってるんだ?体育委員だぜ?裏山なら七松先輩のいけどん登山で何度も行ってるから大丈夫だ!」

と自信満々に言うから。確かに体育委員はよく裏山にランニングに行っているからいくら三之助でもいつも通る道順はさすがに覚えたのだろうと思った。それが甘かった。左門も自信たっぷりに

「こっちだ!」

って言うから。最悪迷子になっても左門が言う先と逆に行けば学園に帰れると思ったのだ。それが甘かった。

まさかこんな山の中でふたりとはぐれるなんて!

そろそろ日も暮れる。ふたりを探し回ったせいでくたくただ。もうこれ以上一歩も歩けないと思う。もう左門と三之助を置いて帰ってしまおうかと思ったけれど、ぐるぐるあちこち歩き回ったせいでどっちの方角に行けば学園があるのかすっかり分からなくなっていた。ついに私も迷子の仲間入りだった。

日暮れの裏山で迷子になることがこんなに心細いだなんて知らなかった。左門と三之助はどうして迷子になってもいつも平然としていられるのだろう。

「おばけとか、出そう」

口に出して言ってみるとさっきまで気にならなかった風が木々を揺らす音とか鳥の鳴き声まで怖く思えてきた。何か人の悲鳴のようなものが聞こえるのは気のせいに決まっている。風の音がそう聞こえるだけだと私は知っている。そのとき右手の茂みがガサガサと明らかに風のためでない大きな音を立てた。

け、けもの?!

そう思って一応クナイを構える。たぬきとかうさぎとかだったらいいけれど、凶暴な生き物だったら困る。この世のものでなかったらもっと困る。もしもここで優しそうな顔をしたおじいさんなんかが出てきたらその人はきっと人間でないと思う。山にいる妖怪だ。絶対に。妖怪が好々爺に化けて私を安心させて襲おうとしているに違いない。

でも、茂みから飛び出してきたのはたぬきでもうさぎでも熊でもおじいさんでもおばあさんでもなくて、よく知った顔だった。

!おま、こんなところにいた」
「さ、さく?」

私が恐る恐る尋ねると「おう、俺だ」とよく分からない答えが返ってきた。こんなところに作がいることが信じられなくて、もしかしてこれは作の姿に化けた妖怪なんじゃないかと思った。こんな山奥だ、妖怪がいたっておかしくないのだ。

「本当の本当に作なの?」
「俺以外の誰だっていうんだよ」
「妖怪」
「ここに置いてってやろうか?」

作なら本気でそうしかねないと慌てて作の右手を掴む。もう迷子なんてこりごりだ。そしたら今度こそ本当に妖怪が出てきてしまいそう。

「そうじゃなくても、鉢屋先輩とか。誰かの変装だったりして!」
「鉢屋先輩が俺に変装して何のメリットがあるんだよ」
「そうだよね。鉢屋先輩のわけないよね。鉢屋先輩のがもっと背高いし」
「なんだ、喧嘩売ってるのか?そういうことなら全力で相手してやるけど?」

じろり、と睨まれたので今度こそ口を噤む。これ以上ふざけたら作も本気で怒り出しそうだ。

「作が、こんなところにいるのが信じられなくて」
「お前らを探しに来たに決まってるだろ。じゃなきゃこんな山奥散歩するか」

口は悪いけれど、作は私たちを心配して来てくれたに違いない。

「怪我はないか?」

そう言って私の髪に付いた葉を取ってくれる。「まったくどんな獣道を通ってきたんだよ」そう呆れながらも私の服に付いた土を払ってくれる。そんな作は面倒見が良くて、きっと誰よりもやさしいと思う。

「少しは危機感持てよな」

作が呆れた声を出す。もう何度も私たちを迎えに来ているのだ。もういい加減愛想を尽かされるかもしれない。何度もそう思ったけれど、絶対作は見つけてくれる。

「作なら絶対見つけてくれるって思ってた」

作の動きがピタリと止まった。こちらを向きはしないけれど、目が丸くして驚いているのが分かった。何か変なことを言って作を怒らせてしまったかと不安になる。もしもここで作がキレて置いていかれたら今度こそ私は遭難する。それよりも何よりも私は作に嫌われたくなくて、ついに匙加減を間違えてしまったのかと恐ろしくなった。けれどもバッと顔を上げた作は怒った顔でも困った顔でもなかった。

「当たり前だ」

特上の笑顔だった。ニカッと効果音が付きそうな、少し得意気な笑顔。自信あり気な作の顔に私は安心する。作は座り込んだ私の腕を引いて立つのを助けてくれる。さっきはもう二度と立てないと思ったけれど、すんなり立てた。まだまだ歩けそうだ。

 

きみの居る国

「左門と三之助は?」「もう学園に帰ってる。お前が一番最後だよ、まったく」