花の咲き始めるこの季節は無性にお団子が食べたくなる時期だと思う。自分は団子屋で働いているからあまり思わないが、ここ数日いつもより客が多いように感じるからきっと皆そう感じているはずだと思う。いつもよりも客足が多いと言っても町外れのただの平凡な団子屋では目が回るほど忙しいということは経験したことがない。人々の口の端に上るような人気店では今は花見の団子の用意でてんてこ舞いなのかもしれないが、父の営むこの小さな店はそんな忙しさとは無縁だった。それでもよく来てくれるおじいちゃんや通りすがりの旅人さんと少しお話しながら日々を過ごすのは中々楽しいことだった。

ちゃん、今日もかわいいね」
「そんなこと言ったっておまけはつけませんよ」
「まぁそう言わずに」
「もう、一本だけですからね」

そう言うと常連のおじいちゃんは「やった!ちゃんはやさしいねぇ」と嬉しそうに笑った。我ながら甘いと思うけれど、このおじいちゃんはよくお団子を食べに来てくれるし贔屓にしてくれているのでこれくらいはおまけを付けたって構わないだろう。それで次回もまたお孫さんがくるときのおやつとして買いに来てくれれば万々歳だ。

「私にはサービスしてくれないのかな、かわいいお嬢さん?」

その声に振り向くとにこりと愛想の良い笑顔を浮かべた青年がいた。「利吉さん!」と彼の名前を呼べば、「やぁ」とその青年は軽く手を上げた。

「利吉さんはお金持ってるじゃないですか。利吉さんはうちの上客なんだから沢山お金落としてってもらわないと」
「つれないなぁ」

そう言って利吉さんは椅子に腰掛けた。「お団子ひとつ」とついでのように注文する。私はお茶を注いで利吉さんの隣に置いた。彼はそれをやけにおいしそうにすする。こういった光景は珍しいものではなく、時折彼はこうしてうちの店へやってくる。うちは客も多くないから利吉さんがやってくると相手をするのが私の仕事のようになっていた。来る客といえば旅人か近くに住んでいるご老人がもっぱらだから、利吉さんのような若い人がくるのは私にとって新鮮だった。

「父も利吉さんには沢山買ってもらえって言っていましたし」
「まったくこの親子は…」

そう言って利吉さんは苦笑いを浮かべた。こういうことを言えるのも利吉さんにだからだった。普通のお客さんにならばこんなこと言えないけれど利吉さんは父とも懇意にしている。だからこんなことも言える。父も私も本気でないのがきちんと伝わるからだ。

「じゃあ今度櫛か何かを贈れば君も私にやさしくしてくれるのかな」
「そんなことしなくてもお団子が食べたいならお代を払って注文すればいいじゃないですか。それって随分遠回しですし、逆に高く付きますよ」

私が笑うと利吉さんはハハハと乾いた笑い方をした。

「君は本当に面白いね」
「バカにしているでしょう」

さすがに私にだって素直に褒められていないことくらいは分かる。利吉さんはそうやってよく私をからかう。頬を膨らませれば「かわいいかわいい子豚のようだ」と言う。本当に利吉さんは人をバカにしすぎだと思う。それでも普段は礼儀正しい利吉さんがこういう冗談を言うのは私に気を許してくれている証拠であると思う。

「でも利吉さん若いのに全然お金に困ってないですよね。一体なんのお仕事をしてるんだか」

それを言うと利吉さんの表情が険しくなった。それを見て私はハッとする。利吉さんに初めて会ってしばらくしたとき一度だけ聞いたことがあった。そのとき彼は「秘密です」と口元に人差し指を当てて言ったのだった。そのときの利吉さんの顔は微笑んでいたけれどもそれ以上は聞いてくれるなという無言の圧力があった。それ以来利吉さんのお仕事については詮索しないようにとしていたのに、つい口を突いて出てしまった。別に知ろうと思って言ったわけではない。答えたくないのならば答えなくていい、そう言おうと口を開けると彼はぴたりと私の唇に人差し指を当てた。

「それを知りたいのならば私と一生を添い遂げる覚悟がないとな」

そうだ。そんな突っ込んだこと聞けるのはやはり特別な娘さんだけなのだろう。私のようなただの団子屋の娘が聞けることではなかった。それを聞いてもどうするわけでもないくせに。それを知ったところで大した意味を持たないのだから聞くべきではなかった。

「そうですよね。私なんかに教えるわけないですよね。すみませんでした」

そう謝ると利吉さんははぁと小さくため息を吐いた。

「君は本当につれない子だねぇ」

再び利吉さんはそう言う。

「すみません?」
「意味も分からないのに謝らないでくれよ」

今日はもう口を開かない方がいいかもしれない。口を開くたびに余計なことを言ってしまっている。利吉さんにはここにいる間はくつろいでほしいのに、イライラさせてしまっている気がする。

「お団子もう一皿頼む」

自分の仕事を思い出して慌てて立ち上がろうとするとぐいと右手を引っ張られた。私はそのまま重力に逆らうことなく今まで座っていた椅子にぺたりと逆戻りしてしまった。右手を見ると利吉さんの手が重なっていて、私の手は椅子に縫いとめられていた。

「利吉さん?」

そう名前を呼んでも利吉さんはただ私を見つめるだけで何も答えなかった。たまに利吉さんはこういうことをする。何を考えているかは分からない。何も言わないから分からない。何のお仕事をしているかは知らないが疲れているのかなと思うようにしている。

「お団子持ってこれませんよ?」
「そうだな、すまなかった」

そう言って利吉さんはパッと私の手を放して、降参だと言うように両手を顔の横に上げた。

「仕方ありませんね、たまには利吉さんにもおまけしてあげます」

私を引き止めるほどお団子が食べたかったのかと思いそう言うと、利吉さんは意外だったのか一瞬きょとんとした表情を浮かべたあと何やら楽しそうに「きみといると本当に飽きないよ」と言って笑った。


2011.04.01