その日私は部屋の掃除をしていた。そろそろ押入れの行李の中身など整理しなければいけないころだったので放課後委員会がない今日の時間を使って色々片付けようと思っていたのだ。行李や押入れの中に詰め込んだものを一旦すべて外に出して、ひと満足していると廊下からどたどたと騒がしい足音が聞こえた。

っ!」

弾むような楽しそうな声がして、振り向く前に肩に重いものがのしかかった。勢いをつけて飛びつかれたものだから、がくりと膝が折れた。口からは「うわあ!」とかわいくない情けない声が出る。それでも後ろからさらに体重をかけられるものだから私は体重を支えきれなくて、ついには前へ倒れこんでしまった。幸いにも直前で手をつくことが出来たから、顔を打つようなことにはならなかった。

「勘ちゃん、痛いいたい!重い!」
ー!」

飛びついてきた本人はそんなことお構いなしに後ろからぎゅうぎゅうと抱きついてくる。勘ちゃんは私の恋人なのだから抱きついてくるのは構わないのだが、力加減なしにやってくるものだから締め付けられる腕が痛い。さらに彼の体重がそのままのしかかってくるので潰れそうである。床と勘ちゃんに挟まれてほっぺたが痛かった。それでも勘ちゃんは私の言葉を聞いているのか、「ー」と私の名前を呼んで、さらに腕の力を強めるばかりだった。

「痛いってば!」
「じゃあこうすれば大丈夫だな」

そう言って勘ちゃんはくるりと体を回転させると、自分の体を下にしてその上に私を乗せた。確かにこれなら痛くないが、今度は彼の胸に顔をぎゅうぎゅうと押し付けられて息苦しい。

「勘ちゃん、一体どうしたの?」
「鉢屋が…」
「鉢屋くんが?」

勘ちゃんは時々こうして人恋しい時期がやってくるらしい。きっかけはその時々で違うが、こうして急に私のところへやってくることがある。その程度も毎回違って、ずっと私の後ろをついて回るだけのこともあるし、一日中手を握られていたこともある。それらに比べると今回のはどうやら重症らしい。

「鉢屋が鉢屋の好きな子とじゃれあっていたから」

それを見て羨ましくなったらしい。じゃれついていたと言っても鉢屋くんは今の勘ちゃんのように女の子に抱きついていたわけじゃないだろうに。きっと鉢屋くんが女の子をからかって遊んでいた程度だと思うのだけれど、それを見てこんなになってしまうのだから勘ちゃんは仕方ない。そんなことでと思うけれども、それで私のところへ来てくれるのだから少しだけ嬉しいのも事実だ。

「勘ちゃん、分かったからもうちょっと力弱めて」

そうお願いするとやっと彼の腕の力が少しだけ弱くなった。それでも私が逃げ出せない程度にはしっかり腕を回している。勘ちゃんはこうやって寂しくなったときあまり力の加減をしてくれない。それどころじゃないのかもしれない。

、好き」
「うん、ありがとう」
は?」
「勘ちゃんのこと好きだよ」

そう言うと勘ちゃんは安心したような笑顔を見せる。いつもは割と冷静な勘ちゃんがこうして甘えてくるのが実は私は嬉しかったりする。腕が痛かったりするけれども、まぁいつもの勘ちゃんはやさしいから許すことにする。こういうときの勘ちゃんはいつも以上にいとしく思えて、ぴったりくっつくように体を預けた。今度は勘ちゃんが重くなってしまうだろうけれども、さっきの体当たりとのしかかりでチャラにしてほしい。



と再び名前を呼ばれて視線だけを向けると、勘ちゃんは私の前髪をかき分けてそこにちゅうと口付けを落とした。なんだかむずがゆい。

「勘ちゃんは甘えん坊だねぇ」
「そんなことないよ。たまにはこうしてあげないとが寂しがると思って」

絶対に寂しいのは勘ちゃんの方のくせに、すぐにそんなことを言う。私だって勘ちゃんに甘えたいときだってあるけれども、こんな分かりやすく態度に出したりはしないし、出せないと思う。私みたいに分かりにくいよりはこういうふうにはっきり態度で示してくれた方がいい。

「勘ちゃんー」

と名前を呼んで彼の頭に手を伸ばす。わしゃわしゃと撫でてやると気持ち良さそうに目を閉じた。それでも私をぎゅうとするのはやめない。まるで犬か何かのようだと思う。犬だったらきっとしっぽをぱたぱたと大きく振っているだろうと思う。でも、こうして甘えてくるのは気まぐれだから猫の方が近いだろうかと考えてくすりと笑ってしまった。

「何笑ってるんだよぅ」

それを見つけて勘ちゃんが口を尖らせて不機嫌そうに言う。ちょっとずつ冷静になってきたのか、いつもの勘ちゃんに戻りつつある。こんな甘えん坊な勘ちゃんなんて滅多に見れないので元に戻ってしまうのはちょっとだけ惜しいなと思ってしまう。常にこれでは私はどこへも行けなくなってしまうから困るのだけれど、もう少しこのままでいいと思う。私にだって勘ちゃんに甘えたいときだってあるのだ。勘ちゃんをぐでんぐでんに甘やかして、勘ちゃんに思いっきり甘やかされたい。


ただの恋に窒息できるの