外はざあざあと雨が降りしきっている。窓を叩く音は大きく、傘を差して外を歩こうなんていう気になるには相当の覚悟が必要だ。それは私も同じ。同じだけれども納得はしていない。

「紅茶でいい?」

キッチンから聞こえる兵助の声に無言で頷く。こっちを見ていないくせに勝手に了解してマグカップにお湯を注いでいる。私のことを分かってくれているのか私の答えなど関係ないのか、どっちだろう。

本当なら今日は兵助とデートで遊園地に行く予定だった。恋人らしく過ごす予定だったのに雨が激しすぎるということで延期になってしまった。電話の向こうで兵助はそのまま今日会うことさえも取りやめにしようとしていたので、私は渋っていた兵助を押し切って彼の部屋で一日を過ごすことを承諾させた。

「やっぱりホットココアがいい」
「ない」

わざと我儘を言えば間髪入れずに返事が返ってくる。今度も私の方を見向きもしない。私をもてなすために飲み物を用意してくれているのは分かっているけれども、面白くなかった。エアコンが壊れているらしく部屋の空気は冷たい。ここに来るまでの道のりで雨に濡れた足元からじんじんと冷えてくる。何も敷かれていない床にぺたりと座るのがつらくなってベッドの上の毛布を引きずり下ろしてそれにくるまった。

「ソファーほしいなあ」
「何で?」

紅茶をいれ終わった兵助がマグカップをふたつ持ってこちらへくる。彼がこちらを見ているからわざと膝を抱えて不機嫌そうなポーズを取ってみる。本気でソファーを欲しがっているわけではない。一人暮らしの兵助の部屋に本気でソファーを持ち込むつもりはない。彼の部屋はシンプルで物が少ないから広く見えるだけで、実際のスペースはそんなにない。ソファーなんて持ち込んでしまったら途端に狭くなってしまうだろう。現実的じゃない。

「だって床冷たい……」

それでも文句は言いたいもので。私専用のクッションはこの部屋に置いてあるが、それも私が勝手に持ち込んだものだ。兵助は床に座ることに抵抗がないらしく、そういった類のものは元々置かれていなかった。何度かほしいと頼んだのだけれど買っておくと言うばかりで何度この部屋に足を運んでもクッションが用意されていることはなかった。とうとう業を煮やして自分で買ってきたクッションはピンク色の派手なもので、モノトーンで揃えられている彼の部屋に少し、いやかなり浮いている。

「はい、ミルクティー」
「……ありがと」

受け取ったマグもピンク。特別ピンク色が好きというわけではないのだけれど兵助の部屋に置いてある私専用の物たちは皆ピンクだ。存在を主張している。

もっと恋人らしくしたいと思うのは悪いことなのだろうか。

放っておいたら私は女友達と何ら変わらなくなってしまうのではないだろうか。こうやって兵助の部屋に女のものだと分かるものを置いて存在を主張したり、デートが延期になったのに足元をびしょびしょに濡らしながらどうしても会いたくて彼の部屋に無理矢理来たりするのも、全部全部自分が安心したいからだ。好きなのは私だけなんじゃないかと不安だからだ。

なみなみと注がれたミルクティーに口をつけると甘さが口いっぱいに広がった。

ほうと一息ついていると横に立っていた兵助がコトリとテーブルに自分の分のマグを置いた。そうして不意に身を屈めるものだから、縮まる距離に心臓が鳴った。

「布団、一人だけずるい」

そう言って兵助が私のくるまっていた毛布をはぎとろうとする。慌ててマグカップをテーブルの上に避難させて抵抗してみたけれど、結局敵わず取られてしまった。寒いと抗議の声を上げようとしたけれどもその前にすっと兵助が布団の中に入り込んできて、あっという間に後ろから抱え込まれてしまった。

「な、なに」
「俺の布団なんだから別にいいだろ?」

兵助が何でもないことのように言う。積極的にスキンシップをとってくるようなタイプでもないくせに。

「足冷たくなってるな」

そう言って冷えた私の体を温めるようにさらにくっつく。彼の声が耳元すぐ近くで聞こえてくすぐったい。

私の不機嫌を読み取ったわけじゃないくせに。私がどうして怒っているかだとか、どうしてすねてみせているかだとか、どうして不安になっているかだとか兵助は何も分かってないと思う。だから兵助のこの行動は私のご機嫌取りをしようとしているわけじゃない。それなのに嬉しいと感じてしまう私はきっとものすごく単純な人間だ。

窓を叩く雨は相変わらず激しい。けれどもその音が少しだけ遠くなったような気がした。

企画提出// 2013.01.31