!」と名前を呼ばれたかと思うと、右手を掴まれた。声だけでその主が誰だか分かっていたけれども、一応振り返って確かめるとそこには思った通り小平太がいた。

「何?」
「今暇か?」

小平太がそう言うときは大抵良くない。マラソンに連れて行かれたりバレーに参加させられたりと、運動が得意でない私にとってはつらいものだったりする。それでも私は小平太と一緒にいるのが好きなので断れなかったりするのだけれど。

「暇じゃないって言っても連れてくくせに」

そう言って苦笑する。マラソンだったら嫌だなぁと思いながらも小平太に引かれるままついて行くと門とは反対の方向へ連れて行かれた。マラソンじゃなければバレーかなと思っていると意外にも校庭も通りすぎて小平太は長屋の中に入っていく。バレーボールを取りに来たのだろうか。

どうも様子がおかしいと気付いたのは彼が座って私をじっと見つめてからだった。

「どうしたの?」

目線を合わせるために彼の前に膝を立てて座る。やっぱり今日の小平太は変だ。もしかしたらお腹の具合がわるいのかも。伊作に見てもらった方がいいのかもしれない。とりあえず、ここに小平太を寝かせて保健委員長を呼んでこようと再び立ち上がろうとすると、不意に繋がれていた右手を撫でられた。



まるで壊れ物に触れるかのような手つきだった。小平太にこんな風に触れられたことなんてなかったので戸惑う。小平太がやさしくないという訳ではない。ただ、彼が何かを伝えようとするときはいつも全力だった。手を握るときはぎゅうと強く握ってくれる。そういうとき、放したくなんだなと分かって安心するのだけれど、今の小平太は何を伝えたいのかよく分からない。

「小平太、何かあったの?」

俯いた彼の顔を覗き込もうとすると、ふいっと顔をそらされた。やっぱり今日の小平太は変だ。いつもはこんなこと絶対にしないのに。

「長次が女にはやさしく大切に接するものだと言っていた」
「ん?」

話がよく飲み込めない。どういう話の流れでそんなことを言ったのか分からないけれど、そういう考えを長次は持っていそうではある。不器用だけれど好きな子をそうやって大切に扱ってそうだ。けれども長次は自分の考えを他人に押し付けるような人間ではない。小平太の言う言葉だけを聞くとまるで長次が小平太に説教しているようにも聞こえるけれど、きっと長次は自分はどう思っているかを述べただけなのだろう。

「それで長次はどうしているんだと聞いたらこうして手を握ってそっと撫でると言うから」

きっと小平太は長次の言葉の一部分だけを取り出して言っているに違いない。なぜそんなことを気にしているのか知らないけれど、小平太にこういうことは似合わない。長次と小平太の中身が入れ替わってしまったみたいで気持ち悪い。

「私は小平太のやさしさがいいな」

それを伝えると小平太の視線が上がる。やっと目が合って私は安心する。長次のやり方を参考にしたりと色々私のことを考えてくれるもの小平太のやさしさのひとつなのだろうけれども、やっぱりいつものがいい。

「手ぎゅって握ってもらうのすきだよ」

そう言って左手を小平太の手の上に重ねる。小平太の手は大きくてよく土が付いている。その手にしっかり握られるのが好きだ。強く掴まれるのは、何があっても離れそうになくて安心する。

「そうか!」

そう言うと小平太は今日初めて笑顔を見せた。そして私の右手を離すと腕をバッと広げて私に飛びついた。あまりにも突然のことで私はそのまま後ろに倒れこんだ。打った頭が痛い。

「手だって言った!」

文句を言いつつも、ぎゅうぎゅうといつものように抱きしめられることに安心する。やっぱり小平太は楽しそうな顔をしているのが一番だと思う。


きみがすき