私が丁度門の前を通ると体育委員が帰ってきたところだったようで下級生が地面と仲良しになっていた。私と同学年の滝夜叉丸もさすがにへばっているようで座り込んでいる。優秀な自分に酔っている彼はいつもうるさいのだが、今日はまるで別人のように静かだ。ひとり人数が足りないなぁと思いながら周りを見回すと体育委員長が食堂の方から駆けて金吾の隣に立つと彼の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。

「金吾、先に手と顔を洗ってこい。その後飯食いに行くぞ!」
「はい!」

そう言って金吾は井戸まで駆けて行った。先程まで疲れきっていたようだがご飯が食べられると聞いて元気が出たようだった。どこにそんな元気が残っていたのかと不思議なくらいだ。まるで今まで疲れていたのが全部嘘だったようなしっかりした足取りだった。その金吾の後ろ姿を眺めている私に気が付いたのか「!」と七松先輩が大きな声で私の名前を呼んで近づいてきた。私が「七松先輩」と私が呼ぶと彼は大きな笑顔を見せた。

「七松先輩って後輩の扱いうまいですよね」

思ったところをそのまま口にする。七松先輩は委員会で後輩を振り回しているようだけれど、金吾の面倒などよく見ている。なんだかんだ言って金吾のことを気にかけてやっているし、一年生だからといって金吾を甘くみたりしない。ちゃんとひとりの人間として認めてやっている。金吾は金吾でそれが嬉しいらしくちゃんと七松先輩を慕っている。

「どうしたら後輩に好かれるんですかね」

後輩とうまくいっていないというわけではない。後輩もそれなりに慕ってくれている。でも私が最上級生になっても七松先輩ほど慕われないと思う。何か後輩に好かれる秘密があれば教えてもらいたいなと思ったのだ。

「それは私に妹がいるからかもしれないな」
「え、七松先輩兄妹いるんですか!」

驚いて声を上げると七松先輩は得意げな顔をした。七松先輩は色んなことを私に話してくださるけれど、これは初耳だった。七松先輩は休み明けに会うと何故か私を捕まえて休み中にあったことなどを楽しそうに話してくださるのだ。その中で家族の話題は何度か出てきたはずだったが、女の兄妹がいたとは聞いたことがなかった。

「妹沢山いるぞ。弟もいる」
「え、どれくらいいるんですか?」
「そうだな、ざっと三十人くらいかな」
「それって明らかに嘘じゃないですか」

そう言うと七松先輩は「バレたか」と言って笑った。さすがに鈍いと言われる私だってさすがにそれくらいは分かる。兄弟が多いと言ったってまさか何十人もいるはずがない。

「でも近所に妹や弟みたいな小さい子が沢山いて毎日遊んでやってたのは本当だぞ」

以前きり丸から七松先輩が子守りのバイトに付いてきたと聞いたことがある。きり丸の話では危なっかしくてとても見ていられないということだったが、意外と七松先輩は小さい子を相手にするのは得意なのかもしれない。なんとなく七松先輩は子どもに好かれそうだ。思いっきり遊んでくれそうというか。遊んであげてるではなく、ちゃんと一緒に遊んでくれている感じがするからだろうか。

小さな子ども沢山に囲まれる七松先輩を想像する。七松先輩ならばいくら遊んでも遊び疲れるということはないだろう。小さな子には七松先輩はなんと呼ばれていたのだろう。小さい子相手ならば七松さんではないだろうし、学校でもないから先輩でもないだろう。ならば

「小平太おにいちゃん」
「なんだ?」

無意識のうちに声に出てしまっていたらしい。七松先輩の返事が返ってくる。まさか自分の考えていることが口に出るとは思わなかったからびっくりしてものが考えられなくなった。まるで先生をお母さんと呼び間違えてしまったときのように恥ずかしくて顔に熱が集まってくる。

も遊んでほしいのか?」
「もう!妹扱いしないでください」

私がそう言ってぷんすか怒ると先輩は小さい子どもにするようにぐしゃぐしゃと頭を撫でる。それがさらに年下にするような仕草だったから私は余計に反発してしまう。私が七松先輩よりも年下なのは事実であるにも関わらず、今は年下扱いされるのが嫌で仕方なかった。

が妹なんて嫌だな」
「どういう意味ですか!」
「そのまんまの意味だ」

素直でなく、ぎゃんぎゃんうるさい女は妹にしたくないとでも言うのだろうか。まぁ確かに私はおとなしい女の子ではないし、七松先輩と兄弟だったら遠慮なくケンカを吹っかけそうだとは思う。

が妹だったら困る」

そう言って七松先輩はまたくしゃくしゃと私の頭を撫でた。その手と声からその言葉に悪い意味は込められていないことが分かった。この人は私の頭を撫でるのが好きだ。私の頭がちょうどいい位置にあるのか、先輩はすぐに私の頭の上に手を置く。顔を上げると七松先輩はすでに私に背を向けていて「金吾ー、まだかー?」と大きな声で金吾を呼び寄せていた。

私は七松先輩の後ろ姿を見ながら考える。もし七松先輩が私のお兄ちゃんだったらどうだろう。今と同じように私の頭に手を置いてわしゃわしゃと不作法に撫でるのだろう。そして休みに帰ってくるたび学園であったことを話してくれるのだろうか。それも今とあまり変わらないような気がした。今だって七松先輩は私に最近あったことを報告してくれる。それが毎日ではなく、年に何回かに回数が減るだけだ。それは少しさびしい気がした。そして先輩の話の中には私の知らない学園の女の子の名前などが出てくるのだろうか。なんとなくそれは嫌だなぁと思った。兄弟というのはすごく近いようでいて遠い存在のように思えた。「七松先輩!」と彼の名前を呼ぶと、先輩はくるりと勢いよく振り返った。

「先輩、私も七松先輩がお兄ちゃんだったら困ります」
「そうか。じゃあお互いさまだな!」

先輩に対して少し失礼な物言いだったが七松先輩はさして気にすることなくにかっと笑った。最初言い出したのは七松先輩だし、そもそも先輩はそんな小さなことを気にする人ではないことは知っていたが。普通に返事を返されたことがなんとなく面白くなかった。

「七松先輩のばかー!」

とむしゃくしゃした気持ちをそのまま先輩の後ろ姿にぶつける。それでも七松先輩は振り返らず、後ろ手を挙げただけだった。それがなんだか年上の余裕っぽくてずるい。いつもは全力で真正面から向かってくるくせに。

「ちょっと七松先輩待ってくださーい!」

結局背を向けられるのが寂しくなって追いかけてしまう。私のこういうところが他人から見れば幼く、妹っぽく思われてしまうのかもしれない。追いかければ七松先輩は立ち止まって、こちらを向いて待っててくれる。先輩の、そういうところが後輩に好かれるのかもしれないなと地面を蹴りながら思った。


2011.04.20