通りかかったところにすっぽりと丸い穴が空いていて、覗き込んでみると案の定人が落ちていた。落ちてからそれなりに時間が経過しているらしくその人物は穴の底で体育座りをしていた。

「伊作くんは本当仕方ないねぇ」

そう言うと穴の底にいた幼なじみはパッと顔を上げた。とりあえず彼を穴から引っ張り上げようと手を伸ばすと伊作くんは穴の底から「ごめんねぇ」と言った。

「いやぁ、歩き回るとどうせ穴に落ちるし、暇だからこのまま穴の中で午後を過ごすのもいいかなぁと思って」
「なんでそうなるの?」

伊作くんの手を取るとあまり力を入れなくても穴から出てきた。本当に自力で出られなかったわけではないらしい。さすが穴に落ちるプロだ。普通の落とし穴に落ちたくらいじゃ怪我もしないらしい。しかしだからと言って六年生にもなってこうも頻繁に穴に落ちるのはどうなのか。不運の一言じゃ片付けられない気がする。

「本当に私がいないとダメね」

地面にぺたんと座り込んだ伊作くんの服に付いた土をはたいてやる。ついでにどこか破けていないかどうかも確認する。伊作くんは知らないうちにどこか木の枝にひっかけたりしてすぐ破いてしまう。そのたびに私か食満くんが繕ってあげる。

「卒業したあととかどうするの。ずっと一緒にいれるわけじゃないんだからしっかりしてよね」
「えっ」
「え?」

伊作くんが驚いた声をあげるので私もびっくりして声を上げてしまった。何かおかしなことでも言っただろうか。

は僕とずっと一緒にいてくれると思ってた」
「は?」

私と伊作くんは幼なじみで物心ついたころからずっと一緒にいたけれども、それはこのあともずっと続くわけないじゃないか。

「どうしてずっと一緒にいれないの?」
「だってそうでしょ、幼なじみといえども結局は他人なわけだし卒業したら就職したり結婚したり別々に生きるでしょ」

何を当たり前のことを言っているのだろう。確かに伊作くんから目を離すのは不安だけれども、結婚してからも伊作くんがちゃんと生活しているかいちいち確かめに行けるわけがない。

「じゃあ結婚しよう」

そう言って伊作くんは私の手を取った。ぎゅっと私の手を握り込む。伊作くんの手は穴に落ちたせいで土で汚れていた。冗談で言っているのかと思って彼の表情を確かめると至極真面目な顔をしていて驚いた。嘘や冗談を言っている目じゃなかった。そもそも伊作くんはこんなことを嘘や冗談で言う人ではないことを私は知っていた。

「じゃあって何。大体いきなり結婚って大事な過程いくつもすっ飛ばしてるよ」

私をまっすぐ見つめてくる瞳からも握り締められている両手からも視線をそらすように顔をそむける。私と伊作くんはただの幼なじみで恋仲とかそんな仲じゃない。伊作くんから好きだと言われたこともなければ、もしかして彼って私のこと好きなのかなと思わせることもなかった。だからずっと今までは本当にただの幼なじみだったのに。

「そうかな?」

そう言って首を傾げる伊作くんはやっぱりどこかずれてる。戦場で敵味方関係なく治療する彼は普通とは違う感覚の持ち主なんじゃないかと思っていたけれど、やっぱりおかしい。こういうのってもっとお互いの仲を確かめ合ってから言うものじゃないのだろうか。穴から出てきたばっかりの土が付いた顔で言うものじゃないと思う。

「伊作くんは変だよ」

と言うと伊作くんは「うーん」と少し悩んだあとに今度は「そうかもね」と認めた。ぎゅっと握られる手だけがやけにぽかぽかとあったかかった。

「好きだよ」

伊作くんのやさしくやわらかい声がする。「言うのが遅いよ」と言うと伊作くんは「ごめんね」とまたへにゃりと笑って謝った。

2011.03.28