「雷蔵いるー?この瓶の蓋を」
「雷蔵ならここにはいないぞ」

部屋の中には三郎が机で本を読んでいる以外に人影はなかった。何度か部屋を見回したが、まさか隠しているわけでもあるまい。本当に雷蔵はいないようだった。

「どこにいるか知らない?」
「知らないな」

三郎はにべもなく言う。雷蔵がいない、さらにどこに行ったかも分からないでは私は困るのに。

「雷蔵に何の用だったんだ?」
「この瓶が固くて開かないから開けてもらおうと思って」
「それなら雷蔵じゃなくてもいいじゃないか」
「まぁそうだけど」

確かに雷蔵でなくても、この瓶の蓋を開けられる人ならば誰でもいい。固い瓶の蓋を開けられそうだと一番最初に思ったのが雷蔵だったのだ。雷蔵なら確実に開けられるだろうと。

「貸してみろ」
「えー」
「なんだその顔は」
「三郎開けられるの?」

私が不信感をあらわにすると三郎はものすごく嫌そうな顔をした。こわい顔をするのはやめていただきたい。

「開けられないと思ってるのか」

正直に頷くと三郎は眉間の皺をより一層深くした。目つきが鋭くなる。そんな顔雷蔵はしないよ!と言いたかったけれど言ったら三郎はもっと怒るだろうからやめた。

「それくらい私でも出来る」

そう言って三郎は私から瓶をひったくるようにして奪い取った。この瓶は本当に固いのだ。くのいち教室の子全員で試したけれど無理だった。びくともしなかった。

「ほらやっぱり三郎じゃ出来ない!雷蔵じゃないと!」
「出来る!」

何をムキになっているのか三郎は一向に瓶を返そうとはしない。何度も瓶の蓋をひねろうとして手が滑っている。手が痛くなってしまうだろうから「もういいよ」と手を伸ばして瓶を取り返そうとしたらすごい勢いで体をねじって逃げられた。

「三郎が開けられるくらいだったら自分で出来るよ」

そう言って三郎に飛びかかり、一瞬の隙をついて瓶を奪い返した。背を向けて自分で開けようと腕に力を入れた。今度はなんだか開きそうな気がすると思ってもう一度握り直そうとした瞬間に手の中から瓶が消えた。

「三郎、返してよ!」

そもそも三郎にはお願いしてないのに勝手に奪うなんてひどい。そのまま三郎はまた瓶を開けようと格闘し始めた。私がもう諦めてここで雷蔵を待とうかなと思って座ると、三郎の「あ!」と明るい声が聞こえた。

「ほら開いた!」

三郎が得意げに瓶を差し出した。見るとあれほどビクともしなかった瓶が開いている。目を丸くして三郎を見ると彼はますます笑みを深くした。

「ちょっとは私に頼ったらどうだ?」

確かに私は三郎を見くびりすぎていたかもしれない。三郎だって一応は男なわけだし、雷蔵より非力かもしれないが女の私よりは力があるだろう。私より開けられる可能性は高かったはずだ。三郎の言うことはもっともで、私は三郎にあまり頼らない。三郎としてはそれが気に食わないだろうことも私はわかっていた。ありがとうぐらい言ってもいいかもしれない。

「素直に礼くらい言えないのか?」

言おうと思った瞬間に三郎にそう言われて私は一気に機嫌が悪くなる。今素直にお礼を言おうとしたところだったのに!

「これだから三郎はいや!」
「はぁ?」

そう言って彼の髪を引っ張ると三郎も同じ事をやり返してきた。三郎のはヘアピースだからそんなに痛くないくせに。私が文句を言うと「開けてやったのに!」とまた三郎が言うので私はまたムキになる。

結局三郎との言い合いは雷蔵が帰ってきて「ふたりして何やってるの?」と止めるまで続いた。

2011.08.06