三郎が何とか大会に優勝したらしい。何の大会かは知らない。それは私がお遣いに行っている間に学園長の突然の思いつきで開催され、私がお遣いに行っている間に終わっていたからだ。帰ってきてから三郎が優勝したのだと人づてに聞いた。学園内ではそういう何かの大会が催されることはあまり珍しいことではなく、そのたびに三郎が優勝することも大して珍しいことではなかった。

「また優勝おめでとうございます」
「またありがとうございます」

私が深々と頭を下げて祝福の言葉を言うと彼もまた同じように頭を下げてお礼を言った。三郎が優勝する度に私は何度も三郎におめでとうを言ってきたものだから少しだけ事務的な言い方になってしまった。三郎はそれが気に入らなかったのか、上げた顔は不機嫌そうな表情を張りつけていた。応援できなかったことだけでも後ろめたいというのに、さらにちゃんとおめでとうさえも言えないなんて恋人としてひどかったなと後悔する。自分も機嫌が悪かったからといっても、もう少しかわいい言い方があったはずだ。

「本当におめでとう。応援できなくてごめんね?」

言い直したって遅いかもしれない。学園長先生も私にお遣いを頼んだあとに思いつきをしなくてもいいのに。私だって三郎のかっこいい姿を見逃して、楽しい気分というわけにはいかないのだ。それでも三郎はごめんねの一言から私の心情を察したのか少しだけ表情を和らげた。まだ機嫌が悪そうな顔だけれど、どうせポーズだけなのだろうなと思う。

「優勝したご褒美はないのか?」

三郎の言う意味が分からなくて私がきょとんとしていると、三郎は自分の口元をちょんちょんと指さした。何を言ってるのか分からなくて首をかしげると「鈍いな」と呆れられた。そう言って今度はその三郎の指が私の唇にちょんと乗った。さすがにそこまでされたら鈍いと言われる私でも三郎が何を言いたいのか分かった。

「そそそ、そんなのないよ!」
「別にこれくらいいいだろ」
「だって三郎にご褒美あげる理由とかちょっと分かんないし」

顔が熱い。それを誤魔化すために顔の前で手をぶんぶんと振ってみたけれど、顔の熱は冷めないし、それくらいじゃあ顔は隠せてないだろう。三郎はそんな私の姿を見てにやりと笑みを深くした。いやな感じだ。私は表情を読まれたくなくて、視線をそらした。

「いつも三郎のお願いばっか聞いてる気がする。たまには私のお願いを聞いてくれてもいいのに」
「そっちが言わないだけだろ。言えば聞いてやらないこともない」

確かに三郎は私をからかいもするけれども、大抵は私の意見を尊重してくれる。私が甘えるのが下手なこともあるだろうけれど、いつも私ばかり三郎のお願いを聞いていて不公平な気がするのだ。いつも無茶なことばかり言うし。

「じゃあ、変装越しじゃなくて素顔でちゅうしたいなぁ、なんて…」
「ハァ?」
「ほらやっぱり三郎ばかりずるいよ」

言うのは多少恥ずかしかったけれど、なるべく無茶難題を言ってみたかった。たまには私のわがまま聞いてくれてもいいじゃないかと思うのだ。とは言っても絶対に三郎は変装を取らないことは分かってる。例え私の前でも三郎は一度も変装を解いたことなどなかったし、私だって本気で三郎の素顔を見たいと思っているわけではないのだ。興味がないと言ったら言いすぎかもしれないけれど、三郎が私に見せてくれるまで無理に見たいとは思っていない。ただ、ちょっとだけ三郎の困った顔を見たいだけだった。

困った顔を見たかったのに、言うのに精一杯でとてもじゃないけれども顔を上げられそうにない。きっとさっき以上に顔が真っ赤でそんな私の顔を見たら三郎の困った顔は引っ込んでいつもの楽しそうな顔になってしまうだろう。これでは本末転倒だ。わざわざ恥ずかしいことを言った意味はない。何をやっているんだろう私は。

「ちょっと目瞑ってろ」
「え?」

そう言って三郎の左手が私の視界を覆った。真っ暗で何も見えなくなる。何事だろうと思っていると唇に何かが触れた。

察しの悪い私でも分かった。わざわざ目を閉じろと言って、さらに目隠しまでするということは多分私のお願いを聞いてくれたということなんだろう。私はきつく目を閉じた。目を開けたら三郎の顔が見えてしまうかもしれない。私が目を閉じたのを確認したかのように視界を覆っていた三郎の手が外された。

息を詰めているのが苦しくなってきた頃唇が離れた。それでもまだ目を閉じたままでいると三郎がふっと笑うのが分かった。おそるおそる目を開いて顔を上げると、まだ三郎の顔が近くにあって驚いた。けれども三郎の顔はもういつもの見慣れた雷蔵の変装に戻っていて私は少しだけ安堵した。

「違いが分かったか?」
「…分かんないよ」

三郎は絶対はぐらかすと思っていたからこんなの予想外だった。驚いて心臓がバクバクいっている。いつも三郎は私がびっくりするようなことばかりする。そんな三郎と一緒にいることは楽しいけれども、心臓に悪い。

「もう一回試す?」
「いい!もういい!」

三郎は私のことを分かりすぎてる。素顔とちゅうしたいとは言ったけれども素顔を見たいわけではないこともちゃんと知っていて、目隠しして三郎の素顔を見れないようにしてくれた。こんな風に私が三郎に強要して素顔を見るなんてこと絶対に嫌だった。そう思っていることも多分ばれているんだろうと思う。

そっぽを向いて拗ねたふりをしていると三郎の手が私の頬を掴んで無理矢理正面を向かされる。そこにはにやりと楽しそうに笑う三郎の顔があった。

2011.05.30