「お前、こんなところで何やってんの?」
俺が落とすように声を発すると足元に無造作に転がっていたモノはごろんと向きを変え、そのふたつの瞳に俺を映した。
「疲れたから休憩中、かなぁ?」 「こんなところで寝転んで休むんじゃねーよ。通行の邪魔だ」
問いかけには疑問符で返ってくる。いつも割りと突拍子のないことをするやつだったが、これはなかなかひどい。足の先で突いてやると「ぎゃーやめろー!」と騒ぐ。一体どこが疲れたんだか。「三郎ひどい」と恨めがましい目で見てくるけれど、ここは道の真ん中だ。もし休むにしてももっと他の場所があるだろう。木の下の方が陽も遮られて寝るのに快適だろうに。それに、第一ここは忍たま長屋の近くだ。こいつに足りないものはふたつある。ひとつは常識で、もうひとつは危機感だ。
「ほら、早くどけ」 「三郎が私を避けて行ってよ」 「踏み潰して通るぞ」 「それはヤメテクダサイ」
そう言いつつも起き上がる気配は全くない。それどころか動く気配すらない。その目は何を映しているのか分からない。
「お前、何かあったのか?」 「何が?何にもないよ」
変な三郎、とけたけたとひとしきり笑ったあとにまたは全身の力を抜いて、手も足もだらんと地面にくっついた。「何もないならこんなところで寝るな」ここまで全身の力を抜けるものだと俺はいっそ感心しそうになる。
「おい、俺の話聞いてんのか?」
聞くと「んー」と間延びした答えが返ってくる。本当に誰かこいつに危機感という言葉を教えてやってくれ、と俺は頭が痛くなる。一体いつからここで寝転がっていたのか。確かにこんな風にごろんと無造作に、まるででかい物が置かれているかのようにして寝ていたら色気もくそもないだろうが、可能性はゼロじゃない。
「こんなところで寝て誰かに襲われるぞ」 「あはは、ないない。誰がそんなことするの?」 「そうだな、例えば…、俺とか」
そう言っての上に覆い被さる。は一瞬大きく目を見開いたがその後すぐに目を細めた。こんな状況でよく笑えるなとこいつのお気楽具合にいっそ感心する。俺、今結構本気なんだが。
「大丈夫だよ」 「何を根拠に」 「三郎はそんなこと絶対に、しない」
俺はチッとひとつ舌打ちをしての上からどいた。そんな風にまっすぐ言い切られてしまったら何か出来るはずがなかった。こいつの俺に対する信頼感は一体どこから来ているのか。
「確かにこんな色気のない女放っておいても平気だろうけどな」
俺がお前の嫌がることを出来ないのを知っていて言っているのか。俺がお前に嫌われるのを一番恐れているのを知っていて言っているのか。だとしたら褒めてやってもいい。
「まぁ、三郎だったらいいけどね」
こいつはいつも突拍子のないことを言うのだ。わざとそういうことを言って俺を振り回して遊んでいるのか、それとも何も考えていないのか。前者だとしたらそうとうの悪女だ。まぁ、そんなことありえないと思うが。もしそうならこいつは馬鹿のふりがとても上手いことになる。
「お前、この状況でそれ言ってただで済むと思ってんのか?」 「ん?何が?」
きょとんとした表情で俺を見上げるは本当に自分の言った言葉の意味を分かってないのだろうか。そこまで言われて逃がしてやるほど俺は甘くない。無言で顔を近づけるとやっと事態に気が付いたのか起き上がろうとした。逃げようったってもう遅い。その肩を押し倒す。その瞳には俺が映っていて、そのことに少し満足する。今さら焦ったって、もう遅い。俺は十分警告したはずだ。
「ちょっと待って」
そう言っては自分と俺の間に手でバッテンを作った。俺との距離が少し空く。俺はその両手首を押さえて地面に縫い付ける。
「もういいか?」 「まだですよ」 「待てねぇな」
それだけ言って俺はに影を落とした。
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