「くのたまとの合コン決まったぞ!」
「マジか!」
「イエ〜〜!」

雷蔵と同じ顔が部屋に駆け込んでもたらしたその朗報に、部屋にいた人々が湧いた。ハイタッチしたり、背中を叩き合ったりしていて部屋中の興奮は最高潮に達していた。その中で雷蔵も拳を突き上げ飛び跳ねて喜んでいる。

「僕もついに彼女作るぞー!」
「良かったな、雷蔵!」
「うん」

私はその光景を見てショックを受けていた。雷蔵が彼女を作ってしまう!ずっとずっと雷蔵に片思いしてきたのに。こんな形で他の女の子に取られてしまっては困る。こんな形で私の恋を終わらせたくはない。けれども私はどうしたらいいのか分からずおろおろするしかないのだった。

そうしていると廊下の向こうから友達が数人がやがやと楽しそうにお喋りしながら歩いてくる。こういうときは友達に相談するのが一番だと思って、私は彼女たちに駆け寄った。

「あいつらとの合コンとかないよね〜」
「食堂でだっけ?」
「店のチョイスもイマイチだし」
「でも一食分浮くよ?」
「私Aランチ〜」
「私はBランチ!」

そう言って友達たちはもうすっかり合コンに行く話で盛り上がっている。雷蔵たちと合コンするくのたまは私の友達だったのか。普段から、今だって、同じ学園に通う男子のことは『ナイ』の一言で一蹴する彼女たちだけれども、その合コンで雷蔵の魅力に気付かないとも限らない。

は?」
「私も絶対行く!」

こうなったら雷蔵の彼女には絶対私がならなくちゃ! 友人の問いに食い気味に答える。この合コンで絶対に雷蔵を振り向かせてみせる。

彼女たちについて食堂に行くとともう男子たちは席に着いていて、わいわい話していた。

「やっと彼女が出来るの嬉しいなぁ」
「雷蔵はどの子狙いなんだ?」
「皆可愛いから迷っちゃうなぁ」

そう言って雷蔵がきょろきょろと周りを見回すけれども何故か私には視線が向かない。こちらにくる前に視線がUターンして反対側に行ってしまうのだ。私を見て!と思うのにまたしても直前で隣に声を掛けられて雷蔵の視線は戻ってしまう。

「ねえ、雷蔵!」

そう声を掛けても今度はテーブルの上にある料理に目が釘付けでまったく私の方なんか向いてはくれないのだ。

「雷蔵こっち見て!」

*……

急に意識がふわりと上昇して、少しずつ頭の霞が晴れていく。背中に固い感触がして、今自分がどこにいるのか理解する。

こんなところにいたの?」

閉じていた瞳を開けると目の前にいる人物の像がゆっくりと結ばれる。先ほどまではあんなにこちらを見てほしいと願っていた人がこちらにやわらかく微笑みかけていた。その瞳の中には何だか間の抜けた表情の私が映っている。

「明日町までご飯食べに出掛ける話だけど、何が食べたいとか希望はあるかなと思って」
「……食堂以外ならどこでも」
「食堂? 町まで出るって話だったから食堂は選択肢になかったけど」

あまり人の通らない場所を狙って木陰で考え事をしていたらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。明日は雷蔵と一緒に出掛ける約束をしていて、それを私はとても楽しみにしていた。けれども同時にどうして雷蔵は私を誘ってくれたのだろうという疑問がずっと胸の中にあって。

「もしかして寝ぼけてる?」

そう言って雷蔵が私の頭に手を乗せる。彼の大きな手に撫でられると気持ちが良くて思わずまた目を閉じてしまう。木漏れ日が瞼の裏にちらちらと映る。小さく草木を揺らしながら通り抜ける風がより一層眠気を誘う。

「そう、なのかも……」

よくよく考えれば、すでに見知った面子で合コンをするのもおかしいし、会場が食堂なのもおかしい。色々手近で済ませすぎだ。私が合コンになんて行ったことがないものだからこの辺は想像力が足りなかったのだろう。何とも夢らしい。

けれども、夢の中で一切私の方を向いてくれなかった雷蔵は、まるで私のことをそういう対象に見ていないことを暗示しているようにも思えた。すべて私の不安が見せた夢だと言えばそれまでなのだけれど。

彼の心はどっちなのだろうと目の前にいる人物から読み取ろうとしてみるのだけれど、未だに頭を撫でる手が心地良くて思考がまとまらない。紗幕で隔てたみたいに意識がぼんやりしてきてしまう。このままずっとこうしていられたらいいのに。

「雷蔵は――」

そこまで言いかけて口を噤む。彼女がほしい? 合コンに行こうと思う? 私のことどう思ってる?――頭に浮かんだ言葉はすべて、唐突にそんなことを質問出来るはずがなかった。

「ん? どうかした?」

いつもの穏やかな表情でこちらを覗き込む彼に「ううん、何でもない」と返すので精一杯だった。

もし私に夢の中のように積極性があったなら良かったのに。絶対に雷蔵を落としてみせると強気になれたら。そう思うのに、ちっとも行動に移せないのだった。

「明日楽しみだな」

不意に雷蔵が言葉を落とす。そんなにおいしいお店なのだろうか。雷蔵がわさわざ人に教えたいと言うくらいなのだからきっとそれはそれはおいしいに違いない。私も楽しみだと続けようとして、彼と目が合った。

と出掛けられるのが」

そう言って雷蔵が目を細める。そんな風に微笑まれては、君の視線全部ほしくなってしまうよ。

2017.06.29