ぱくりと、耳を食まれた。

私の彼氏である不破雷蔵はやさしいと評価されることが多い。真面目で、積極的に女の子と遊ぼうとするタイプではないし、私の友人は皆口をそろえて彼は奥手だろうと言う。実際私も付き合い始めるまではそう思っていた。彼が私を好いているらしいという噂を耳にしてから彼が私をデートに誘い、その後さらに告白するまで相当の時間があった。だから私は「好きだ」と告白される瞬間まで、彼が私を好いているという噂は何かの間違いだと思っていたのだ。それでも私はその噂を耳にするよりも前に彼に惚れていたから、もしそのことが本当だったらいいなと淡い期待を持ってはいたのだけれど。

でも実際の雷蔵は段階こそ踏んでくれるものの、口付けぐらいでは照れたりしない。人に想像されるような『手を繋ぐだけで真っ赤になってしまう不破くん』なんてどこにも存在しなかった。奥手とは程遠い。

「だめ」と肩を押し返すと頬にひとつ置き土産を残して彼は離れていった。相変わらず照れてる様子もない。私だけが赤くなるばかりである。

なんだかそれが少し悔しくて、以前どうしたらいいのか友人に相談したことがある。彼女はしばらく考えると『女の子から口付けされたら照れるかも』と提案してきた。そのときは別に私が主導権を握りたいわけではないし、そもそも私の方が照れてしまうと却下したのだけれど、何故だか今その言葉がぐるぐると頭の中を回っていた。

私は彼の肩に両手を乗せると顔を近づける。そして若干どうにでもなれという気持ちで勢いを付けて唇を合わせた。思わず閉じてしまっていた瞳をこのままでは彼の表情が見れないことに気がついて開ける。すると雷蔵は驚いたように目を丸くさせていたけれどもすぐに目を細めるて、私の頬を両手で挟んで固定するとぺろりと私の唇を舐めた。そうじゃない!

このままでは雷蔵のペースに乗せられてしまうと彼の肩をバシバシ叩くと唇は離れていった。ようやく雷蔵の表情がよく見えたのだけれど、その顔は赤く染まるどころか、眉根を寄せて少し不機嫌そうだった。

「なに?」
「こんなはずじゃなかった」

私から口付けをしても動じないのだとしたらもう何をしても彼は照れないんじゃないかと思った。結局はいつものように私が赤くなるだけだ。それが少しだけ悔しい。

「いやなの?」
「そうじゃなくて」

そう言うと雷蔵は私の言葉を遮って何事もなかったかのようにおでこに口付けを落とした。もしかして慣れているのかと思って彼の友人に探りをいれてみたが、こういう関係になったのは私が初めてだと言う。それはそれで嬉しかったのだけれど、それで雷蔵ばかり余裕なのはどうも納得が行かない。

「雷蔵は恥ずかしくないの?」

精一杯雷蔵の肩を押し返して尋ねる。その間も雷蔵は私の髪をいじっている。髪に触れられるそれだけでも私は恥ずかしいというのに。

「何が?」

私が必死で尋ねたというのに雷蔵はけろりとした顔で答える。これだからこの人には敵わない。

いつか頭からばくりと食べられてしまうような気がする。

2011.08.31