「雷蔵!」
大きな声とともに戸を開けると丁度雷蔵が忍装束の帯を結んでいるところだった。私の顔を見て、ぎくりとした表情を浮かべている。その彼の頭に包帯は巻かれておらず、本来ならば彼の頭に巻かれているはずだった包帯は部屋の隅に丸めて転がっていた。
「新野先生にも伊作先輩にもちゃんと包帯変えるようにって言われたでしょ!」
「もう治ったよ」
「治ってるわけない!そんな一日で治るわけない!」
園田村での戦のあと、雷蔵は頭に大きなたんこぶをつけて帰ってきた。それが昨日のことだ。どんな超人的な治癒能力だとしてもそんな一日で治るような怪我ではない。切り傷だって完治するまでに一日以上かかるだろう。私は雷蔵をぐいぐい押して敷いてあった布団の中に押し込めた。この布団だってこのあと寝るためじゃなくて、ただ単に布団を上げるのが面倒くさいから敷きっぱなしにしていただけだろう。
「絶対安静だと言われたのも忘れちゃったの?」
「寝てるのにも飽きちゃった」
「何言ってるの、雷蔵はいつもよく寝てるじゃない」
「本当にもう大丈夫なんだよ」
「それを決めるのは雷蔵じゃありません!」
本当は保健室に泊まらせたいくらいなのだけれど、あいにく他にも怪我人がいて寝る場所がないし、雷蔵本人も自室の方が良いというので帰らせたのだ。彼はもう五年生だし、安静と言われたらきちんと守るだろうと思っていたのに。
「、今日委員会は?」
「今日は無茶ばかりする不破さんを見張ることがお仕事です」
「保健委員会って暇なの?」
「暇じゃありません、失礼な!今日はここで薬の調合をします。委員長にも許可はもらってるんで」
不破雷蔵が外を歩いているという目撃情報を聞いて、私は驚いた。三郎ではないかとも思われたが、頭に包帯を巻いていたというので雷蔵に間違いないだろう。一応先に三郎にも問いただしたが雷蔵の真似をして包帯を巻くことまではしていないようだった。
「ー」
「何?」
「暇。眠くないし」
「雷蔵は何かに悩んでればすぐ眠くなるから安心して」
いつもは気がつくと寝ているくせに眠くないなんてよく言える。いつでもどこでも悩めば寝れるのが雷蔵の取り柄だというのに。
「ねぇ、本当に寝れないんだよ」
「安静にしてればいいだけだから本当に寝なくてもいいんだよ雷蔵くん」
「とお喋りしたい」
そう言って雷蔵は布団の中から私を見上げた。その上目遣いはずるいと思う。結局怪我人に甘い私は溜め息をひとつ吐いて雷蔵の方へ向き直った。
「仕方ないなぁ」
と言えば途端に嬉しそうな顔をするのだから敵わない。いつだって大抵は雷蔵のお願いを聞いてしまう。
「膝枕もしてほしい」
「急に甘えんぼになったね」
「怪我人なんだからこれくらいは許してよ」
「はいはい」
そう言って雷蔵の枕元に座り、彼の頭を膝に乗せる。正直私の膝なんかよりも枕の方が丁度いい高さで寝やすいだろうと思うのだけれど、前髪を撫でてやると雷蔵は気持ち良さそうに目を閉じた。さすがにこの体勢で薬を煎じることは出来ないので、伊作先輩に借りた薬草の本を読むことにした。
「僕と話してくれるんじゃなかったの」
「本読みながらでも出来るよ」
「僕は普段本読みながらとお喋りしようとしたことはない」
「もうそんなことばかり言って」
そう笑うと彼も少し子どもっぽい言動をしすぎたという自覚はあったのかちょっと目元を赤らめて頬を掻いた。
「と一緒にいるとつい我侭になっちゃうな」
「たまにはこういう雷蔵もかわいくてすきだよ」
「昨日寝すぎて暇だったせいだ」
「そっか」と相槌を打ちながら、ちいさい子にするように前髪を撫でると雷蔵は私の腰に腕を回して抱きついてきた。いつもと立場が逆でなんだか楽しい。雷蔵がこんなに甘えてくるなんて思わなくて、私は増々気分が良くなった。普段の雷蔵からは考えられない行動だけれど、まさか頭を打ったせいではないだろう。
「寝て起きたら治るかな」
「うーん、風邪と違って怪我はそんなに早く治らないかな」
「に会いに行けないのはつらい」
「私から会いに来るから」
「ぜひ頼むよ」
片手に持っていた本を置いて、再び彼の傷が痛まないようにそっと撫でると、段々と雷蔵の瞼が下がってきた。腕の力も弱まってきて彼の声もちいさくなる。規則正しい寝息が聞こえてくるまでもう少しだろう。
2011.07.29
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