沢山の女の子の中心に雷蔵がいた。こんなことは今までなかったので、雷蔵と恋仲である私はびっくりして一瞬目を疑ってしまった。
くのたまで何か実習があっただろうか、と私は首を傾げる。雷蔵はやさしいから甘く見られがちらしく、よく実習の標的にされやすい。実際の雷蔵は優秀なので簡単に引っかかってはくれないのだけれど、例の悩み癖さえ起こせればなんとかなると思われているらしく、実習中はくのたまが次から次へと雷蔵のところへやってくる。しかし実習中は雷蔵のところへ集まるといえど、さすがにこんないっぺんにやってくることはない。思い当たる節がなくて、不思議に思っている間にも、女の子のきゃあきゃあと楽しそうな声が聞こえてくる。
雷蔵の背だけが周りの女の子よりも高いから彼の表情がよく見えた。雷蔵は初めこの状況が理解出来ていないようなきょとんとした表情をしていたが、傍らの女の子が何かを言うと、彼は途端にへにゃりと表情を崩した。まんざらでもない表情でどことなく嬉しそうである。そんな雷蔵を見た瞬間、心臓が少しだけきゅうと締まった。
「ふわくん」と女の子のうちの誰かが雷蔵を呼ぶ声が耳に飛び込んできた。
なんだか楽しそうでいいなと思ったが、とてもじゃないけれど入っていけそうな雰囲気ではない。たまたま雷蔵の姿が見に入ったから足を止めてしまったけれど、何か用事があった訳でもない。本音を言えば声を掛けたかったのだけれどそれも出来そうにない。出直そうと思って立ち去ろうとした瞬間、雷蔵と目があってしまった。自分は何もしていないのに、なぜか悪いことをしているような気分になってしまった。盗み見をしているように思われなかっただろうかと身を強ばらせた。けれども雷蔵の表情は私とは反対にぱぁと明るくなった。周りにいた女の子に軽く手を振ると、道を開けてもらってこちらへ向かって歩いてくる。
まずい!
なぜだかそう思って、咄嗟に倉庫の陰に隠れてしまった。やましいことなどしていないのだから堂々としていれば良かったのに。そもそも先程はっきりと目が合ってしまったのだから今さら隠れたって遅い。雷蔵に背を向けて隠れたところもばっちりと見られてしまっているのだから意味のないことだ。倉庫の壁に寄りかかって深呼吸をする。なぜだか心臓がドキドキとうるさい。
「?」
そう名前を呼ばれてまた心臓が跳ね上がった。私の姿を見つけた雷蔵が追ってくるだろうことは予想が出来ていたのに、なぜかここにいれば大丈夫だと思っていたのだ。ドキドキとする心臓を手で押さえながらなるべく平静を装う。
「ら、らいぞう。どうしたの、何か用?」
「いや、がこっちを見ていたのが見えたから」
雷蔵はそうやって私の喜ぶことばかり言う。私の姿を見かけただけで、すぐ声をかけようと寄ってきてくれるということは私を好いていてくれることの表れで少しだけ優越感を感じる。
「特に用事があったわけじゃなくて、なんか雷蔵が面白いことになってるなぁと思って」
私がそう言うと雷蔵は少しだけ眉を下げて笑って「そっかぁ」とだけ言った。
「僕にもよく分からないんだ。なんだったんだろうね?」
「へぇ、雷蔵があんな風に女の子に囲まれるなんて珍しい」
雷蔵にも原因が分からないのか。一体なんだったのだろう。実習でないとしたら他に何が理由だったのだろう。急に女の子の間で雷蔵の人気が上がった理由。なにか実技の授業か何かですごくかっこいいことでもしたのだろうか。それで皆雷蔵の魅力に気が付いて、とか。あれこれと可能性を考えていると、ふと雷蔵が私の顔を覗き込んでいることに気が付いた。なに、と私が尋ねるよりも早く雷蔵が言う。
「嫉妬した?」
そう聞かれて体中が熱くなった。尋ねているけれども、きっと雷蔵には答えが分かっているに違いない。そういう顔だった。私は恥ずかしさのあまりどんな顔をしていいか分からなくなった。きっと変な顔をしているに違いないに、雷蔵は私をまっすぐ覗き込んで視線をそらしてくれない。頭がぐるぐるして何も考えられなくなってしまった。もうどうにでもなれという気持ちで雷蔵の腰にどんと抱きつく。
「ちょっとだけ、した」
ぎゅうとしがみついて、小さな声で本音を言うと雷蔵はくすくすと笑った。一目で分かるほど分かりやすい顔をしていたのかと聞くと「一瞬だけさみしそうな顔が見えたからね」と雷蔵の楽しそうな声が降ってきた。無意識のうちにそんな顔をしていたのか。そんな顔をして立っていたのか。そう思うとさらに羞恥が込み上げてきた。
「はかわいいねぇ」
そう言って私の頭を撫でる。だって、雷蔵が女の子に囲まれる場面なんてそうないし、雷蔵自身も自分から女の子に声を掛けるタイプでもないから私はこういうことに慣れていないのだ。雷蔵は女の子に囲まれたらうろたえるだろうと思っていたから、あんなふうにちょっと嬉しそうな顔するなんて意外だったし。まぁ雷蔵も男の子だから頬が緩んでしまうのは仕方ない。かわいい女の子に囲まれたらそりゃ誰だって嬉しいに決まってる。そのことに腹を立てたりはしないけれど、それと嫉妬というものは別な訳で。
「もうやだ」
「照れてるの?」
「うるさい」
雷蔵の腰に回した手に力を込めて、ぎゅうぎゅうと雷蔵のお腹に顔をくっつける。それは顔を見られないようにと思ってのことなのだけれど、雷蔵はその私の行動に機嫌を良くしたのかぎゅうと私の頭を抱え込んだ。
「かわいい」
あの中に雷蔵を本気で好きな子がいたらどうしようとか少しだけ考えたりしたのだ。雷蔵はきゃあきゃあ騒がれるタイプじゃないから余計に。そんなことをぐるぐると思い返していると、耳の辺りに雷蔵の手が当てられた。何だろうと思って顔を挙げようとした瞬間、ちゅっと音を立てて私の頭のてっぺんに何かが触れた。私はびっくりして雷蔵から離れると両手で頭のてっぺんを押さえつけた。いきなり何をするんだ!
「ハゲる!」
「ハゲるの?」
「…ハゲない」
「じゃあ、もっとしてもいいね」
そう言って今度は私の前髪をかき分けて額に口付けを落とす。もっとしてもいいと言う意味も分からないし、そもそもいいなんて一言も言っていないのに額、瞼の上、右頬、左頬へ次々と口付けの嵐を落としていく。それがくすぐったいやら恥ずかしいやらで雷蔵の胸を押し返すのだけれど、彼はそれを無視する。これ以上は我慢ならなかったので、雷蔵の顔が離れた一瞬に再び彼の胸に飛び込む。さっきと同じ方法で顔を隠すと、今度はむぅと彼の不機嫌そうな声が聞こえた。
「安心させてあげようと思ったのに」
「十分です!ありがとう!」
雷蔵が私のことを一番に考えてくれていることなど、私はとっくに知っているのだ。嫉妬はしたけれども雷蔵が私を見つけてすぐにこっちに来てくれた時点でそんなことどうでもよくなったし、嬉しさの方が勝ったからそんなことする必要などないのに。
それでもちゃんと態度と言葉で私を安心させようとしてくれる雷蔵はとてもやさしいと思う。
横目でちらと様子を窺うと雷蔵はまだ少しだけ不機嫌そうに口を尖らせていたが、私の視線に気付くとすぐに微笑んでみせた。彼のそういうところが好きだ。やさしさを惜しみなく降り注いでくれるところが。
ちょいちょいと手で呼ぶと雷蔵は腰を落として私と目線を合わせてくれる。頬にちゅっと口付けをする。本当は額が良かったのだけれど、それだと位置が高くて一瞬で出来なかったからだ。
「私も雷蔵が女の子に囲まれてただけで嫉妬するくらい雷蔵のこと好きなので安心してください」
一気にそれだけを言う。雷蔵は目を見開いてぽかんとしていたけれども、それもすぐに変化して、くつくつとおかしそうに笑う。今日の私は恥ずかしい思いをしてばかりだ。
「ありがとう」
そう言って雷蔵がとびきりのやわらかい笑みを私に向けるから、なんだかもう体中がしあわせでいっぱいになってしまった。
愛された証
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