不意に雷蔵の顔が近づいてくるものだから私は驚いて目を瞑るどころか目を丸くして雷蔵の目をまじまじと見てしまった。それまで一定の速度で縮まっていた距離がぴたりと止まった。

「…目瞑ってよ」
「え、あ、ごめん。びっくりして」
「初めてじゃないのに?」
「そうだけど、雷蔵が急にこういうことしようとするの珍しいから」

最後の方は段々小さな声になってしまった。いつもだったらちゃんとそういう雰囲気になったときか、そうでなければ『してもいい?』と必ず聞いてくる。私が話しているときに急に口付けをしようだとかそういうことは今までなかったのだから驚いても仕方ないと思う。

「まぁ僕も男だから急にそういう気分になるときだってあるんだよ」

さっきまでの雰囲気でどうしてそうなれるのか私には分からなかった。私は先程まで昨日食べたお団子がとてもおいしかったという色気も何もない話をしていたのに。むしろ食べ物の話ばかりして他に喋ることないのかと愛想を尽かされてもおかしくないと思う。せっかくふたりきりなのに何やら必死で食べ物の話をしている彼女なんて。

もしかしたらそれが原因なのかもしれない。せっかくふたりきりなのにそういう雰囲気など微塵も感じさせず、食べ物の話ばかりしている彼女にいらっとした可能性だってある。色気の全くない彼女に分からせようとして普段はしないことをあえてしたのかも。けれども私ときたら目を瞑ることすらしない。空気を読めない私は本当に愛想を尽かされてしまっただろう。

「雷蔵ごめんね、私バカみたいにお団子の話なんてして」
「は?」
「今度から気をつけるから。き、きらいにならないで」

まるで彼に逃げられまいとするかのように雷蔵の手を両手でぎゅうと握る。雷蔵に嫌われてしまったらと考えるとものすごく怖かった。私は雷蔵のこと大好きなのに、雷蔵からは嫌われてしまったらどうしていいか分からなくなる。せっかく両思いになれて今とても幸せなのに。

「何か勘違いしてない?」

頭のてっぺんにぽんと雷蔵の大きな手のひらが置かれる。くしゃくしゃと私の頭を撫でる。私は雷蔵にそうされるのが好きなのだけれど、雷蔵もそれを分かっていてやってくれているのだろう。そういうところが好きだ。

「君があんまりにも一生懸命僕に話しかけてくるからそれがかわいいなって思って」

雷蔵はそんなことを考えていたのかと思いながら顔をじっと見ていると彼はふぃっと視線を下げてしまった。目元が微かに赤い。

「もう、言わせないでよ」
「雷蔵顔真っ赤」
「うるさいよ」

そう言って雷蔵は大きな手で私の目を覆ってしまう。今日は珍しい雷蔵ばかりで沢山見ていたかったのに、何も見えない。嫌われたわけではないと分かった途端調子のいい人間だと自分でも思う。

「分かったら早く目を瞑る」

もう雷蔵に目隠しされて何も見えない状態なのだから意味がないのではと思ったけれども、大人しく従う。口吸いをされると分かっているのに改めて目を閉じるのはなんだかドキドキした。私が目を瞑ったのを確認したのかすっと目隠しが外される。

「やっぱ雷蔵の方がかわいいよ」
「喋るのも禁止」

きちんと目を閉じたまま言ったのだけれど怒られてしまった。慌てて口を閉じようとしたその前に雷蔵の唇が触れた。

やさしくしてね