僕は今最高に緊張していた。

僕の隣にはちゃんが歩いている。それも偶然一緒なのではなくて、先日僕から『今度一緒にお団子でも食べに行かない?』と誘ったから隣を歩いているのである。

「そのお団子屋さんくのたまの間でも人気なんだよ」

そう言って彼女はにこやかに話しかけてくれるのに、僕ときたらまともに彼女の顔も見れず、別のことで頭がいっぱいで話は聞いているのだけれど頭が働かなくて上手い返事も出来ずにいた。

ちゃんは付き合い始めて一ヶ月になる僕の彼女だ。一ヶ月目にして初めてのデートだ。気を抜くと手と足を一緒に出して歩きそうになる。僕は自分に平常心平常心と心の中で言い聞かせた。ちゃんを誘う一言ですら言うのにとても緊張して、三郎や勘右衛門に散々冷やかされてやっと誘ったのだ。それまでふたりきりで過ごしたりだとかはしていたのにこういう恋人らしいことをすると思うとどうしても緊張してしまう。

初めてのデートなくらいなので当然手も繋いだことすらない。

つい彼女の手をちらちらと見てしまう。手を繋ぎたいのだけれどちゃんは手を胸の前で組んでいる。そういう仕草も小動物みたいでかわいいなぁと思うのだけれど、今はちょっぴり面倒だ。もし彼女の手が無造作にだらりと横に下がっていたなら、さりげなく距離を縮めてその指先に触れることも容易かっただろうに。

「雷蔵くん?」

そう言って彼女はかわいらしい仕草で僕を覗き込んだ。いや、かわいらしい仕草でというのはきっと僕の贔屓目だ。本人はいたって普通に僕の表情を確認したに違いない。それなのに彼女にすっかり惚れてしまっている僕は他の人と同じことを彼女がしただけでも特別に思えてしまうのだろう。

「え、あ、ごめん。どうしたの?」
「どうしたのはこっちだよ。なんだか悩んでるみたいだったから」
「何でもないよ!心配かけてごめんね」

そう言うと彼女は「ならいいんだけど」とにっこりと笑った。その笑顔ひとつで僕は勝手に嬉しくなってしまって、本当に男って単純な生き物だなぁと思ったりするのだけれどまだ僕は目標を達成していないのだから喜んでいる場合ではないのだ。

彼女と手を繋ぐことばかり考えていてぼーっとしていたことも反省すべきだ。

目的地だったお団子屋はもう小さく見えている。このままでは手も繋げないまま着いてしまう。手を繋ぐチャンスは帰り道にもあるのだけれど、先延ばしにしていたらきりがない。結局行きと同様に、手を繋げないまま忍術学園に着いてしまいそうだ。そんな情けない話があるものか。

僕は相変わらずにこにこと笑顔を浮かべて歩くちゃんをちらりと見る。すると視線に気が付いたのか彼女がこちらを向いて視線が合う。ちゃんの口が「なに?」と動く。言うなら今しかない。僕はそっと袴で手に滲んだ汗を拭った。

「あの!僕と手を繋いでくれませんか!」

そう言うと彼女は一瞬目をまんまるくして僕を見た。そのあと遅れて意味を理解したのか一気に顔を真っ赤にさせた。さっきまで僕の目をまっすぐ見ていた視線が下へそらされる。ずっと組まれたままだった手がもじもじと動かされる。

「えっと、よろしくお願いします!」

勢いよく彼女の右手が差し出された。僕は思わず反射でそれを両手でぎゅっと握った。彼女の手は僕のものよりも随分小さくて、指先がひんやりとしていた。僕はその手を包み込むようにして左手を絡ませた。

ちゃんはさっきまで僕にずっと話しかけていたのが嘘のように俯いて黙りこんでしまった。何かまずいことをしてしまったかなと思ったけれど彼女の下ろした髪の隙間から見えた耳が赤かったのと、控えめな力で手を握り返されたのでそうではないことを知る。

お団子屋さんに着いてもこの手を放したくないなぁと思った。


青春ロマンチック