不破くんはなんだかとってもおいしそうにご飯を食べる。食堂でご飯を食べるときはとても嬉しそうな顔をしている。大きな口をあけてぱくりと食べる。私はそれを見て、こんな風に不破くんに食べられるのなら食物も本望だろうなぁと思うのだ。私はそんな不破くんを見るとなんだか嬉しい気持ちになるので、彼と食堂で居合わせると得した気持ちになる。

だから今日も食堂に入ってすぐ、メニューの前にあるふさふさの髪が目に入って、今日は運のいい日だなぁと思ったのだ。委員会活動で遅くなったから、今日はもう会えないと思っていたから特別嬉しかった。

「あ、ごめんね。邪魔だった?」
「ううん、大丈夫。ここからでも見れるよ」

不破くんの横に並んでメニューを見る。隣の不破くんは右手を顎にあてて悩んでいる。私より前からここにいただろうに、一体どれだけの時間悩んでいたのだろう。遅い時間だけれど、彼の友達が不破くんを置いていくわけがないので彼も委員会の当番か何かでお昼が遅くなってしまったのだと考えるとそう長い時間こうして立っているわけではなさそうだなと予想する。

「何で悩んでるの?」

今日のお昼ご飯はA定食がカツでB定食がからあげだった。確かにどちらもおいしそうで悩んでしまう気持ちは分からなくもない。

「両方好きなの?」
「どれも好きなんだ」
「不破くんって好き嫌いある?」
「ないよ。あったらこんなに迷うこともなかったのにね」

そう言って不破くんはちょっと困ったように笑った。私はその答えを聞いて納得した。不破くんに好き嫌いはないのだろうとずっと思っていた。もし好みがはっきりしていたらこんな風に悩んだりしないのだろうなと思っていた。どれも好きだから困っているのだろうな、と。メニューに悩むのはどれもおいしそうだと思うからだろう。実際食堂のおばちゃんの作るメニューはどれもおいしいから悩んでしまう気持ちはよく分かる。食べることに興味がない可能性もあったけれどいつもにこにことご飯を口に運ぶ不破くんを見て、それはないなと思った。きっとどっちも食べたくて困っているのだろうと思っていたのだが、どうやら正解だったようだ。

さんは何にするの?」
「えっと私はからあげのB定食にしようかな」
「じゃあ僕はA定食にしよう。A定食はカツみたいだ」

不破くんは沢山時間をかけて悩む割に最後はあっさりと決めてしまう。一度決めると行動は早いもので私が「B定食ください」とおばちゃんに声をかけるのに続いてすぐに「僕はA定食を」と彼は言った。

おばちゃんはカウンターの奥で「はいよ」と元気な声が聞こえた。そのあとすぐにA定食とB定食が並んで出てきた。そのうちのB定食を受け取ってどこに座ろうかなと食堂を見回す。少し遅い時間の食堂にはほとんど人影がなく、どこにだって座れる状態だった。せっかくだから日の当たる窓際の一番奥の席に座ろうと思い、進むと後ろから不破くんがついてくる気配がした。もしかして不破くんも私と同じことを考えていたのかなと思い振り返ると不破くんはにこりと微笑んだ。

「せっかくだから一緒に食べよう?迷惑かな?」

私は驚いて首を左右に勢いよく振った。嫌だなんて、そんなわけない。まさか不破くんからそんなことを言われるとは思わなかっただけで、一緒に食べれるなんてすごく嬉しい。出来ることならこちらからお願いしたいくらいだ。

「そんなことないよ!ひとりで食べるよりふたりで食べる方がいいよね!」

不破くんと喋るとどうしても語尾が力んでしまう。声が裏返らないようにするのに精いっぱいで、緊張しているのがバレバレだ。不破くんが不審に思わないといいなぁと願いながらも隣に座る不破くんをちらちら見てしまう。

「うん、ご飯はおいしく食べたいよね」

そう言う不破くんの笑顔が眩しくて私はお膳に向き直る。私のお茶碗からごはんのほかほかとした湯気が立ち上っている。多分本当に気のせいなのだろうけれど、不破くんが隣にいるとご飯がいつもよりおいしそう見えた。これが思い込みというやつなのだろうか。

不破くんは両手をきちんと合わせて「いただきます」と言ってお茶碗を持つ。

不破くんは大きな口を開けてカツにがぶりと噛みついた。サクリとカツの衣がいい音を立てる。不破くんがもぐもぐと口を動かすその表情からおいしいと思っていることが伝わってくる。ふと不破くんがこちらを向いて目があった。いたずらしているところを見つかったときのように心臓がドキリとする。

「食べないの?」

そう言われて初めてほとんど箸を動かしていないことに気が付いた。慌てて白いご飯を口に運んでもぐもぐと口を動かすと不破くんはくすりと笑った。

「慌てなくてもまだ時間はあるから大丈夫だよ。喉に詰まらせないでね」

恥ずかしいなぁ。小さい子みたいと思われてしまっただろうか。それよりも私がずっと不破くんを見ていたことについて彼はどう思っているだろう。変な子だと思われてしまったかもしれない。そう思うともう顔をあげられなくて、それからはひたすら手と口を動かすことに専念した。おばちゃんの炊くご飯はふっくらと炊きあがっていていつ食べてもおいしい。今日のからあげは噛めば肉汁が出てくるし、おばちゃんの料理はどれも一級品だと思う。

不破くんと私はあまり接点が多いわけではなくて、同じ学年ということで面識があるという程度だ。不破くんは図書委員だから時々図書室で会ったりもする。きっかけがあれば声を交わす程度。こんな風に隣に並んで食事をすることなんて今までなくてどうしても緊張してしまう。箸の持ち方がおかしくないかとかご飯粒をぽろぽろこぼしてないかとか口の周りに何か付けていないかとか色々なことが気になってしまう。

不破くんが食べる姿を見たいけれども、あんまり見たら失礼だろうし、そもそも不審に思われるだろう。かと言って何か話しかけようにも、不破くんと共通の話題もない。探せばきっとひとつやふたつあるのだろうけれど、急には思いつかなかった。そうすると俯いて黙々と食べるしかなかった。

「もう食べ終わっちゃった」

その声を聞いて箸を止めそちらを見ると確かに不破くんの前のお皿はどれもきれいに平らげられていた。不破くんは名残惜しそうに空のお茶碗を見ている。私だってそんなにゆっくり食べていたつもりはないのに、私のお皿にはまだ半分以上残っている。

「ご飯おかわりもらってこようかなぁ。でももうおかずないし…」

そう言って不破くんはまた悩み始めた。元々よそってあるご飯の量も私より明らかに多かったのに、よく食べるなぁ。私があの量を食べようと思ったらお腹がぱんぱんになってしまいそうなのに、不破くんはやっぱり男の子なのだなぁと思う。悩む仕草とかはかわいらしいなと思うのに、こういうところはとても男らしい。

「不破くん!良かったら私の食べてください!」

勇気を出して声を出したら少し声が裏返った。余計なことを言ってしまったかもしれないとビクビクしながら不破くんの方を見ると彼はぱぁっと表情を明るくした。でもそのあとすぐに眉を下げる。

「え、でも悪いし」
「ちょっと量が多くて今日は時間もあまりないし食べてもらえると嬉しいです」

お肉がメインの今日のメニューは私にとっては少しだけ重たかった。時間をかければ食べ切れるのだけれど、あいにく今日は食べ始めるのが遅かったため時間が残っていない。それでもお残ししてはいけないので、手伝ってもらえると嬉しいのは本音だった。

「そっか。ありがとう」

そう言う不破くんはとても嬉しそうなのでこちらまでにこにこしてしまう。人をやさしい気持ちに出来る不破くんはやっぱりすごい人だ。不破くんにならいくらだってご飯を分けてしまいたくなる。

「どうぞ」

からあげがふたつほど残った皿を不破くんの方へ寄せると、彼は一度立ち上がっておばちゃんのところへ向かって「おかわりください」と言う。私はお味噌汁をずずずと啜りながら横目でちらちらと見ていた。不破くんの広がった髪が揺れている。おばちゃんからお茶碗を受け取ってこちらへ戻ってくる不破くんと目が合わないように私はお味噌汁の入ったお椀をさらに傾けた。

「いただきます」

不破くんはそう言って大きな口を開けてからあげを口に入れる。なんだか不破くんが食べていると、さっきまで私が食べていたからあげとは別のもののように見えた。不破くんにおいしくいただかれてきっとからあげも本望だろう。私のお腹にぱんぱんに詰め込められるよりもきっと不破くんに食べてもらった方がしあわせに違いない。それくらい彼はおいしそうに食べるのだ。

「不破くんはいっぱい食べるね」
「午後も実技の授業のあととかすぐお腹空いちゃうんだよね」

そう言って彼は困ったように笑う。実技もきっと男子は女子よりも沢山体を動かすから体力が必要なのだろう。お腹もすぐ空いちゃうわけだ。

「部屋にお菓子があるんだけど、今日の授業のあととかにあげようか?」
「本当?それは嬉しいな。今日は天気がいいから外で一緒に食べるのとかどうかな」

ただ渡すだけだと思っていたのに、まさか一緒に食べようと誘われるなんて思っていなかった。不破くんはそれが当然のような顔をしていて、きっと他意なんてないに決まっているのに、どうしようもなくドキドキしてしまった。

不破くんが食べる姿を近くでまた見られるなんてこんないいこと尽くしでいいいのだろうか。この先のしあわせを先払いしてしまっているんじゃないだろうかと不安になる。

もしも、今度授業でお菓子を作ったのを持って行ったら不破くんは食べてくれるだろうか。おばちゃんのご飯を食べるみたいに大きな口を開けてぱくりと食べて、「おいしいよ」と言ってくれたら嬉しいなぁ。不破くんのためにごはんを作ってあげたい。自分が作った料理で不破くんがしあわせそうな顔をしてくれたら、私はきっともっと心がぽかぽかとあたたかくなりそうだ。いつかそんな日が来たらいいのになぁ。

(11.02.16)