静かな図書室にパラリと帳簿を捲る音が響く。その音が私以外の人物がいることを嫌でも知らせてくれる。私はなるべく隣を意識しないようにして図書の貸し出しカードの整理に努めようとする。バラバラになってしまったカードを学年順に並べるのだ。一の次は二で、二の次は三と分かりきったことなのだけれど、あんまりにもぐるぐる考えていたら一の次が三なのか三の次が二なのか分からなくなってしまった。カードをを並べ替えることだけに集中しようとするのに、なかなかそれは困難で余計なことばかりを考えてしまう。もうこの際貸し出しカードのことでなくても良かった。隣にいる人物のことさえ考えなければなんだって良い。この時間を潰せさえすれば良い。そのためだったら私は延々と一の次は二なのか三なのかはたまた四なのかと考えていたって良いのだ。まるで狂ってしまったような思考回路だと思うけれど、どうせ他人には私の頭の中身など見えやしないのだからなんだっていいのだ。隣にいる先輩には分かりやしない。私が何かに集中していて声を掛けにくい雰囲気さえ出ていれば。

ちゃん」

それなのにこの人はそれを無視して渡しに話しかける。私は忙しいんですよ。こんなときタイミング良く本の貸し出し手続きを頼む生徒がいれば良かったのに。それでなくても誰かひとりでも生徒がいればその人の迷惑になるから例え図書委員でも私語は厳禁だと言えたのに、どうしてこういうときに限って誰もいないのだ。「ちゃん」ともう一度名前を呼ばれる。静かでやわらかい声が部屋に響く。この状況で聞こえなかったふりなんて出来なくて、私はゆっくりと顔を上げた。

「何ですか、不破先輩」

きっと次に言われることは分かっていたはずなのに、私はそう尋ねる。目の前で先輩がひどく熱っぽい瞳で私を見つめていた。ああ、私にはもうこの後に続く言葉が分かってしまった。だってこれが初めてじゃないのだから嫌でも分かる。

「好きだ」

その言葉はまっすぐ私に飛んで来たけれども私は目を伏せてそれをかわす。かわそうとするけれどもそれは心臓に刺さったみたいに胸がズキリと痛くなった。

「こ、困ります」

何度繰り返されたやり取りだとしても私は耐えられずすぐに視線をはずしてしまう。これで何度目だろう。三四回は繰り返しているはずなのに不破先輩は飽きもせず同じことを言うのだ。最初は放課後呼び出されて言われた。そのときも同じ様な返事をして、それに一度先輩は納得したようだったのに、最近ふたりきりになるとまた同じことを言い出すのだ。

「そんなこと言われても困ります」

そうはっきり言っているのに不破先輩には理解してもらえないらしい。首をかしげて「どうして?」なんて言うのだ。どうしてもこうしてもないのに。

「だって、不破先輩は委員会の先輩ですし」
「先輩だから、何?」

そう言われて私はぐっと詰まってしまう。今日の先輩はしつこい。理由に理由を聞いてくるなんて卑怯だと思う。私が答えに詰まっている間も先輩の視線はこちらに向けられていて、私は居心地が悪くなってますます下を向いてしまうのだった。今まではこう言えば引き下がってくれていたのに。会話を中断するきっかけがないのもいけないのだと思う。今まではこのまま『失礼します』と言って逃げることが出来たのに今は委員会中でここを離れることが出来ない。

「恋愛感情はないだとか他に好きな人がいるだとか、そうでなければ僕が嫌いだとはっきり言ってくれなきゃ」

不破先輩のこと嫌いなわけがない。他に好きな人なんていない。恋愛感情なんてあるかどうか分からない。この答えじゃ不破先輩は満足してくれないのだろうか。不破先輩のこと好きかどうかなんて分からない。だって不破先輩はずっと先輩で、まるで私を妹のようにかわいがってくれていて、私もそんな先輩を慕っていて。それ以上のことは私には分からない。

「こうやって触れても」

不破先輩の手がぺたりと私の頬に当てられた。先輩の手はひんやりしていて、私はそれを少し意外に思った。先輩の手はいつもこんなに冷たかっただろうか。そんなことを考えていると、くいっと顎を持ち上げられ、強制的に上を向かされる。不破先輩の瞳がまっすぐ私を捉えている。私はこの目が苦手だというのに。

「嫌がるどころかこんな風に顔を真っ赤にされたんじゃ、とてもじゃないけど諦められないよ」

そう言って不破先輩は困ったように笑う。また私の心臓がズキリと痛くなる。確かに今私の顔は真っ赤だろう。それを隠すためにも俯いて、顔を見られないようにしていたのに。

「ね、僕はちゃんのことが好きなんだ。ちゃんは?」

そんなの聞かれても答えられない。困る。不破先輩に告白されるまで先輩のことを意識したことはなかったのに、あれからずっと先輩のことばかり考えてしまうの。不破先輩を見ると心臓が変な風に動く。以前は平気だったのに先輩の目を見て話せなくなってしまった。だから『困る』なのに。どうしてこうなってしまったのか分からない。不破先輩はやさしくて、いつも私を助けてくれて、そんな先輩を私は慕っていたはずだった。でも最近は変なんだ。どうして不破先輩は私にこんなことを言うのだろう、今まで何人に同じことを言ったのだろうと顔も知らないその誰かについて考えると胸がキリキリと痛くなってしかたない。こんなこと今までなかったのに。

「気持ちを聞かせて?」

そう言って微笑む不破先輩はまるで私の答えが分かっているみたいだった。

ぜんぶお見通し