秋の空はなんだか好き。空気がぴんとしていて、澄んでいる。特に秋の夕暮れが好き。沢山和歌に詠まれるだけのことはあると思う。東の空はまだ青いのに、西の空は雲が赤く染まっている。綺麗に並んだ雲がひとつひとつ徐々に赤くなっていく様を見ているのは面白い。ちょっとずつちょっとずつ橙が侵食してきて、青が少なくなっていく。かと思うと東の隅っこに濃い紺色が見えてきて、キラキラとした光も少しずつ増えてくる。

首をほぼ真上に向けているとだんだん疲れてきた。だから一度下を向いて、戻したら今度は右、左とそれぞれ首を傾けてみる。首が少し楽になった。動くたびにひんやりとした空気が私に触れる。

「またはそんな薄着をして」

ふわりと肩にあたたかいものが掛けられて振り返るとそこには眉根を寄せた不破雷蔵の顔があった。雷蔵が怒るなんて珍しい。普段滅多に怒ったりしないのに。そんな不機嫌そうな顔なのに、それでも彼の顔が見れて嬉しいなんて思う私はどこかおかしいんだろうか。

「雷蔵、なんで怒ってるの?」
「もうすぐ日が暮れる時間だっていうのにがそんな薄着で出歩いてるからだよ」
「まだ日は沈んでないよ」
「もう風は冷たい」

雷蔵がそう言った瞬間ぴゅうと風が吹いて、私の髪を揺らした。雷蔵が言った途端風が吹くなんて雷蔵は風使いなんだろうか。すごい。思わず閉じてしまった目をそっと開くとそこには険しい表情の雷蔵がいた。

「そうやって油断してるからは風邪引くんだよ」

雷蔵は私の肩にかけた上着の襟元をあわせた。まるで子どもにするかのような所作。風邪なんて引かないよ、と言い返そうとした途端「くしゅん」とくしゃみが出た。どうしてこういうときばかり出るんだ。

「ほらね」

一体いつからここにいたの、と雷蔵は子どもを叱るように言う。私は雷蔵の前ではちいさな子どもと一緒だった。もこもこと着込まされて、すっかり私の体はぬくくなった。もこもこと少し動きにくい。

「でも雷蔵だってすごく薄着だよ」
「僕はいいの」

そう言って雷蔵は私の言葉を遮ってしまった。いよいよ私は子どもになってしまったようだ。雷蔵はまるでお兄ちゃんみたいだ。やさしい世話好きなお兄ちゃん。本当はそんな関係じゃないのに。そこまで考えて、雷蔵がお兄ちゃんじゃなくて良かったと思った。血縁関係があったら、こまる。

「部屋からが見えて飛び出てきちゃっただけだから」

雷蔵はさらりとすごいことを言う。そういうことを言われると、すごく大切にされてるんだって思う。自分が上着を羽織るのを忘れるほど慌ててくれたんだろう。心のある辺りがぽかぽかとあたたかくなった。

「耳だってこんなに真っ赤にして」

そう言って彼はぺたりと私の耳を両手で塞ぐ。風にさらされて感覚のなかった耳がじわりと、熱を持つ。雷蔵の手はあたたかい。私の耳が冷たいだけなのかもしれないけれど。こんなに自分の体が冷えていたなんて気が付かなかった。音の鈍くなった世界で「らいぞう」と呟くといつもの自分と違う声が聞こえた。心配してくれた雷蔵に謝らなきゃいけないな思って顔を上げると、想像と違ってすごくやわらかい表情をした雷蔵がいた。まだ怒ったような顔か、それとも呆れた表情をしていると思ったのに。

「ほっぺも真っ赤だ」

すごくすごくやさしい表情を見せて言う。耳を包んでいた手がするりと移動して頬に当たる。ぎゅっと私の頬を包むと彼の目が細められる。どうしてそんな顔をするのだろう。頬に当てられた彼の手は耳を触れられたときほどあたたかく感じなかったのに、顔ばかりがほかほかと熱い。

「雷蔵だって風邪引いちゃうよ」

私だって雷蔵が風邪を引くのは嫌だからそう言うと「引かないよ」と雷蔵は頑なに言う。雷蔵は変なところで頑固だ。

「寒くないの?」
「平気」
「うそだよ」

こんな薄い忍装束で寒くないわけがない。さっき自分で風は冷たいって言ったばかりのくせに。雷蔵はいつも自分のことは後回しだ。自分のことに無頓着。私はもっと雷蔵のことも大切にしたいし、雷蔵はもっと自分自身を大切にしてほしいのに。それはどうやったら伝わるんだろう。

「じゃあがあっためて?」

そう雷蔵は楽しそうに笑った。ああ、この人にはぜんぶ、見透かされている。

 

秋の体温
 君にあげる