コチコチと鳴る時計の針が部屋中に響いているような気がする。僕のふーと吐く息の音がやけに大きく聞こえる。そんな些細なことが気になって、この広い部屋にふたりきりだということを意識してしまって、僕の動きはぎこちなくなる。

「そろそろ終わりにしようか」

僕のその声で彼女はようやく顔を上げた。窓から差し込む薄い西日が彼女の顔を照らした。もうほとんど沈んでしまっている太陽は彼女の目を細めさせることもしない。

「ああ、もうこんな時間」

と小さく彼女は呟いた。作業に没頭していたのだろう、時計の針を確認して少し驚いたように目を丸くした。図書室の蔵書整理のために使っていたカードの束をコトリと机に置くとさんは辺りを見回した。棚から出された本がそこかしこに積まれている。

「でも、まだ結構残ってる…」
「明日もあるし、大丈夫だよ。明日はもっと人手があるはずだし」

今日は図書委員の集まりが良くなくて蔵書整理のため放課後図書室に来たのは僕とさんのふたりだけだった。作業を分担することが出来なくて、僕が本棚から区切りの良いところまで本を運び出して、さんが蔵書カードと本を照らし合わせてさらに貸し出しカードを見てあまり長いこと借りられていない本を脇に避ける。一通り本棚が空になると僕も彼女を手伝って、問題ないとされた本をまた僕が戻す。ひたすらその作業の繰り返しだった。

「それにあんまり暗くなると危ないから」

僕が緊張で凝り固まった筋肉をほぐすように肩を回すとさんが申し訳なさそうな顔をして「ごめんね」と謝った。

「ごめんね、重い本沢山運ばせちゃって。疲れたよね」
「全然、これくらいどうってことないよ」
「そうなの?」
「そうだよ」

これくらいどうってことない。最初はさんも一緒に本を運ぼうとしたけれども、「流れ作業の方が効率がいいから。それに上の方の本を出すのさんは大変だろう」とかなんとか言って強引に彼女の手から本の山を奪ったのは僕自身なのだ。だって、好きな子に重い本をもたせるなんてこと、出来ない。

さんと一度別れて職員室に鍵を返しに行ってから昇降口に下りると彼女は靴を履いて僕を待っていた。「ありがとう」と鍵を返しに行ったお礼を言われる。ドキンと僕の心臓は無意味に跳ねた。

さんって電車通学?」
「うん、そう」
「じゃあ駅までは一緒だね」
「不破くんの家ってどこなの?」

そう言って彼女が一歩踏み出したとき、ふわりと彼女のにおいがしたと思った。いいにおい。シャンプーのにおいだろうか。そこで僕は一体何を考えているんだと我に返った。口は勝手にすらすらとさんとの会話を運んでいくけれども心臓はドクドクとうるさい。

「もう三月だけど日が暮れるとやっぱり寒いねー」

と両手を擦り合わせる彼女を盗み見る。その手を握りたいと思う。でもそんなこと僕に出来るはずがなくて、ただただ彼女の手を恨めしそうに見るだけだった。

「こういうときは夏が恋しくなるよねぇ」

と無意味な返事を返す。僕が一番言いたいことを他所に置いといて、ひたすら世間話に興じる。『君と手を繋いでいいかな』なんて、告白も出来ない僕にはまだ早い。

さんはどの季節が一番好き?春?」
「春も好きだけど花粉があるから秋に抜かされる」
「あはは、秋は食べ物もおいしいしね」
「不破くんは?」
「うーん、春も好きだけどやっぱり花粉は嫌だし、夏は暑くてだれてしまうし…」

そんな話をしていたらあっという間に駅が見えてきてしまった。どうして彼女と一緒にいる時間はすぐに経ってしまうのだろう。もっと、もっと話すべきことがあったのに。

電車が止まっていたらいいのにと思った。さんと一緒だったらいつまでも立ち往生するのに、と長時間持たせる話題もないくせにそんなことを思う。僕と彼女の共通の話題といえば委員会の話か本の話かあとは当たり障りのない世間話ぐらいしか残されていない。今日は手持ちのカードをすべて使ってしまったくせに。僕は欲張りだ。

「それじゃあ」と別れようとしてスッと彼女に背を向けた瞬間だった。「不破くんっ!」と少し大き目の、どこか強張ったような声が聞こえた。僕は弾かれたように振り向く。

「また明日も頑張ろうね」

そう言って彼女はにこりと笑って手を振った。わざわざそれだけを言うために呼び止めてくれたのかと思うと嬉しかった。

「うん、また明日ね」

と僕も返して手を振る。ああ、明日も皆来なくていいのに。僕とさんだけだったなら、作業は大変になるけれどまたふたりでこうして帰れるのに、と思った。

ひどく欲張りな僕