「らいぞー」と私は間延びした声で彼の名前を呼ぶ。雷蔵は机に向かって多分明日の予習をしている。教科書を広げて、右手には筆を持って、こちらを振り向くこともせず「んー?」とこれまた間延びした返事を返す。私はそれを少し後ろに座って何をするでもなくだらだらとその背中を眺めている。タイミングの悪いときに来たなとは思うけれども、少しぐらい相手してくれてもいいんじゃないかなぁと思いながら意味もなく雷蔵の名前を呼び続ける。

「絶対私の方が雷蔵のこと好きだよね」

唐突にそう切り出せば案の定「は?何が?」と雷蔵の声が返ってきた。

「だから、雷蔵が私を想う気持ちより私が雷蔵を好きって思う気持ちの方が大きいってこと」
「そんなことないと思うけど。大体それ何を根拠に言ってるわけ?」

雷蔵が顔だけ振り向いて怪訝そうな表情を浮かべる。体は机に向けたままで、右手には筆を握ったままだ。

「第一雷蔵が私を好きな理由が分からない。私大してかわいくないし、がさつだし、胸もちっちゃいし」
「そうだねぇ」

自分から言っておきながら、雷蔵にこうもあっさりと肯定されると悲しくなった。ちょっとぐらい、形だけでもいいから否定してくれてもいいのに。雷蔵はモテるから私よりかわいい子も、私より気の利く女の子らしい子も、私より胸のおっきい子も選び放題なのだ。雷蔵が私を好きな理由はさっぱり検討がつかないけれども、それとは反対に私が雷蔵に惚れる理由はいくらでもある。雷蔵が私を想ってないなんて言うつもりはないけれども、私の方が絶対好きだ。

「私の方が多く雷蔵に好きって言ってると思うし、会いに行くのも大体私からだし、あとこうやってべたべたするのも私だけだし」
「じゃあちゃんは僕に触ってほしいんだ?」

そう言ってやっと雷蔵がこっちを向いたと思ったら急激に世界が回転した。背中には冷たく固い床の感触。視界いっぱいに広がるのはいつもと同じ雷蔵の笑顔。顔は笑っているけれども目は笑っていない。そこでやっと私は雷蔵が怒っているのだと理解した。

「え、ちょっと雷蔵さん?」
「そもそもこういうのって比べられるものじゃないと思うけど、比べるなら絶対僕の方が好きだよ」

一体何の根拠があって、と先程の雷蔵と同じ言葉を返そうと思ったら、言い切る前に彼の手で口をすっかり覆われてしまった。

「言葉が足りなくて不安にさせたっていうならいくらでも言ってあげる」

雷蔵の視線がが真っ直ぐ私に落ちてきて、私は居竦まれたように動けなくなってしまう。ドキドキと心臓だけがいつも以上に動いていて、腕も足も動かせないし、喋ることも出来ずにただ雷蔵の言葉を待っている。

「好きだよ、。大好き」

そう言って雷蔵は私の目元にキスを落とした。ちゅっと音を立てて雷蔵の顔が離れたと思ったらまた近づいてきて今度はおでこにキスをする。

「ら、雷蔵!」
「普段は我慢してるだけでいつも君に触りたいって思ってるし、ね?」

すっと右の頬が撫でられた。そのまま雷蔵の右手はするりと私の首筋をなぞって徐々に下へと落ちていく。

「らいぞ、いや、」
「嫌って言われると余計いじわるしたくなっちゃうんだけどなぁ」

そう言ってどこか加虐的な笑顔を浮かべながらも雷蔵の顔がすっと引いた。

「少しやりすぎたね」

きっと雷蔵も最初から私を脅かすだけのつもりだったのだろう。座りなおした彼の顔はもういつもと同じ見慣れたやわらかい微笑みで、手を差し伸べて「ごめんね、背中痛かった?」と私が起き上がるのを助けてくれた。

「でもこれで僕がどれだけちゃんのこと好きか分かったでしょ?」

こんなに好きなのにそういうこと言われたら僕だって傷つくんだからね、と釘を刺される。確かに私の言い方は悪かったと反省する。そんなつもりはなかったとは言え、あれでは雷蔵は私のこと好きじゃないと受け取ることも出来る。

「あ、でも会いにくるって点ではちゃんに負けるかな。テスト前にわざわざ分かってるところまで僕に聞きに来るし」

ドキリと心臓が鳴った。

「あんなのちゃんなら教科書読めば理解出来るはずなのにそれでも僕に聞くのは少しでも一緒の時間を増やしたいからでしょ?」

雷蔵は気付いていたのだろうか。いつも「しょうがないなぁ。どこが分からないの?」ときちんと私に勉強を教えてくれていたのに。私の気持ちなんてすべてお見通しで、それでも何も言わずに私に付き合っていてくれていたのだろうか。だとしたら恥ずかしすぎる。

「でも素直に一緒にいたいって言えないちゃんも好きだよ?」

そう言って雷蔵が私の瞳を覗き込もうとする。きっと今の私の顔は真っ赤だろうから、見られないように顔を背けて彼の胸板を押し返す。

「分かった!分かったからもういい!」
「分かればよろしい」

私が降参すれば雷蔵はあっさりと引き下がった。けれども満足そうにふふっと笑って、「僕の勝ちだね」と言う。悔しいけれどそれについては何も反論出来なかった。勝ちか負けかと言えば、言いくるめられてしまった私は完全に負けだ。一生勝てないんじゃないかとすら思う。

「雷蔵って本当は性格悪いでしょう」
「今ごろ気付いても遅いよ」

性格悪い雷蔵も好きだと思ってしまう私は相当彼に惚れている。
 

好きの背比べ

「雷蔵、好き」「はいはい、僕も君のこと大好きだよ?」