!」と名前を呼ばれた。ような気がした。駅の喧騒の中でその声はあまりにも不確かで。振り返ってみたものの知った顔を見つけられるはずがなかった。あるのは雑踏だけ。皆どこかへ行くはずなのに人は減らない。次から次へと人が溢れている。一体世界のどこにこんなにも人がいたのだろう。 突然手首を掴まれた。「…、」 彼とは全く似ていない声だった。のに、

*

「久しぶりだね。一年ぶり、かな?」
「そうだね。卒業してから全然会わなかったから」
「同じ町に住んでるはずなのに学校が違うというだけでなかなか会わないもんだね」
「学校の方角も違うし、登校に掛かる時間も違うから朝駅でも会わないし」

でも他の友達とは駅でよく会う子もいるよ? 私達は駅の中にあるファーストフード店でそれぞれアイスティーとコーラを飲んでいた。目の前の男子学生、沢田綱吉は一年前の面影をそのまま残していた。言ってしまえばほとんど変わっていなかった。身長はまた、大分伸びたようだけれども。本質は変わっていない。当たり前か。 並高の制服も着こなされている。 それと対照的に私は何も成長していないように思われた。

「西高はどう?」
「どうって…普通に楽しいけど。そっちは?」
「もちろん楽しいよ。毎日がすごく楽しい。獄寺くんも山本もいるし、」

そこでツナは言葉を切った。コーラの入った紙コップをテーブルに置く。コツンと乾いた音がした。ツナは真っ直ぐに私の目を射る。

、山本と会ってる?」

何でそんなことを聞くの?ツナはその答えを知ってるくせに。わざわざ私にそれを言わせるの?残酷だ。でも私はツナが最初からこの話をしたくて誘ったことを知っていた。知っていて付いて来た。だから、ツナはこれっぽちも悪くない。悪いのは私。 だから私は心の中では忌々しげに思っていても表面上は笑みを崩さなかった。彼は悪くない。

「だから会えないんだってば」

何が"だから"なんだか。 いくら同じ町に住んでいても、学校が違うというだけでこんなにも離れてしまうものなのか。会おうとすればいつでも会えるような気がするが、きっと彼は野球に忙しく、私は私なりに忙しい。仲が良いと言ったって所詮私と彼を繋ぐものなんて学校しかなかったことに今さら気付く。

「会いに、行かないの?」
「お互い忙しいし」
「メールとかは?」
「特に用もありませんし」
「何を遠慮してるんだよ」

遠慮?違う、不安だ。恐れだ。何を怖がってるんだよ。

「あんなに仲良かっただろ?」
「仲良いわけじゃなかったよ、」

もしくは近すぎた。"友達"として長くいすぎた。どうしようもなく私達は"友達"だったのだ。もっと遠ければよかったのだろうか。いや、結果は同じ、か。 ねぇ、とツナが言った。 私、今、少し泣きそうな顔しているだろうか?

「今山本、付き合ってる子いるんだ」

へぇ、そうなんだ。

「どんな子?」
「えっと、同じクラスで、」
「うん」
「野球部マネージャーで、」
「かわいい?」
「まぁかわいい」

ズキンって心臓が痛んだ。私まだ引きずっていたのだろうか?もう一年も経つのに?もう一年会っていないのに?おかしいだろ。そんな、まだ忘れていなかっただなんて。ありえない

「でもオレはあまり好きじゃない」
「ツナの好みなんて聞いてないよ」
「そういう意味じゃない、」

じゃあどういう意味なのか。私に教えてほしい。

「どうして言わなかったんだよ、も、山本も」

好きだったんだろ?  もう遅い。私達はもう離れすぎた。今度は遠すぎる。
私はアイスティーを一口飲んだ。喉がカラカラに渇いていた。きちんと掻き回さなかったせいでガムシロップが底にばかり残っている。ツナが紙コップを握り締めた。
あんな山本、見てられない。と彼は小さく呟いた。