「!ちょっといいか」 「何?」 「話があんだけど」 「うん、だから何」 「ってやべ!オレこれから部活だから、じゃまたあとで!」 そう言って彼は言いっ放しで教室を出て行きました。部活に駆けていってしまいました。私は一体どうすればいいんだ!っていうか放課後になったら君は毎日部活じゃないか。分かってるのにどうしてその時間に私に話しかけようなんて思ったんだよ、おかしいじゃないか。何かあるなら同じクラスなんだから休み時間とかに言えよ、じゃなかったらささっと今口で言って終わらせればいいのに。考えなしというかなんというか、何考えてんだか分からない。いや、やっぱり何も考えてないだろうな、うん。だから武の話したいことなんてどうせ大したことじゃないんだきっと。 分かってるのに。 「なんで私こんな放課後の教室にいるんだ」 独り言は虚しく響く。うわ、何やってんだ私。なんでこんなとこにいるんだ、用のない生徒は早く帰りましょう!だよ。学校にこんな時間まですることもなくぼーっとしている人間なんて私以外にいないのではないでしょうか。皆目的を持っている人達ばっかだ。部活動とかさ。吹奏楽部のトランペットの音とか女子テニス部の掛け声とか。野球部の、カキーンと白球が空へ飛んでいく音とか。そのあとすぐに「きゃあ」って女の子の黄色い声が上がる。窓に身を乗り出さなくても分かる。たけし、だ。今日はバッティング練習なのかな。分かんないけど。今のホームランかな。分かんないけど。「たけしーかっこいいー!」声でかいよ女子。人気者だなぁ武は!あれのどこがいいんだか。あいつ野球部のエースで確かに顔もまぁまぁだけど、中身はあほだぜ!天然?みたいな。あはははは!…。分かってますよ、私はその武を待ってますよ。それで満足ですか?武が中途半端に私に声を掛けたせいで私はその話とやらが気になって仕方がないのですよ!それで野球部が終わるまでこうして教室で待っている訳で。本物のあほは私ですよー。 そろそろ日が沈むようで、部屋が橙色に染まっているように見えます。眩しい。カーテン閉めようかなって思ったけど面倒くさかったのでそのままにしときました。机にうつ伏せになる。眠ってしまおうかなー。でも寝過ごしたらやだな。起きたら外真っ暗、夜の校舎にひとりっきり!なんてことになったら嫌だ。こわいって。夜の学校こわいって!っていうか武待ってたのに私が寝てたせいで武先帰っちゃったとか笑えないよ!私のこの数時間がまるで無駄ですよ。私の時間を返せって感じですよ。それにしてもひまだなー、帰ろっかなー。ドラマの再放送、見たかった。携帯を取り出してみる。受信メール0。パタンとそのまま閉じる。帰ろうかなー。でも、そうしたらここまで待っていたのが無駄になるようで悔しい。うーん、どうしよう。夕日のあまりの眩しさに目も閉じる。太陽の残像が瞼の裏に残っている。 たけし、はなしってなに? あー話っていっても大したことでもないじゃないんだけどさ。 何? オレこの間街歩いてたらさースカウトされたんだよな! え、うそ、何に? お笑い芸人。 お笑い芸人?! そーそー、オレには才能あるってよ。 マジで?武がお笑い芸人? で、に頼みがあんだけどよ。 何? オレの相方になってくれよ! はぁ? 「おーい、ー?起きろー」 な、頼むよ。ならできるって! 無理無理無理むりむり、無理だから!! んなこというなよケチだなー。 ケチとかそういう問題じゃないから!絶対無理だって! 安心しろよネタはが作るからよ! 私かよ! ナイス突っ込み! ナイスツッコミ☆じゃねーよ! 大丈夫だって。はオレが認めた女だから。 そんなので認められてもあんまり嬉しくないよ。私は、私は… 私は? 「こんなとこで寝てるとおそうぞー」 たけしの声だ!そう思い当たってガバっと起きると目の前に武の顔があって、「おはよ」って爽やかな笑顔で挨拶された。「おおおおはよう…」乱れた髪を手で撫で付けながら挨拶を返した。うそ、私寝てた?まさか寝てた?うそー!恥ずかしいよ、放課後とはいえ学校で爆睡?ありえない。しかも夢も見ていたみたいだ。内容は…もう思い出せないけど。つかおはようって!外真っ暗だよ!夜じゃん、野球部も練習終わってるよ!吹奏楽部の練習する音も、野球部を見ていた女の子のきゃあきゃあ言う声ももちろん聞こえない。 「たけし、なんでここに?忘れ物?」 「そうそう、忘れもん。忘れた」 まるでノート忘れたって言うみたいにしれっとそんなことを言うもんだから私はうっかり聞き流してしまうところだった。あっそうって流してしまうところだった。「まぁノートも忘れたけど。今思い出した」そう言って机の中をがさごそやりだした。「あっそう」彼の言うことはいまいちよく分からない。本当なんだか嘘なんだか。本気なんだか冗談なんだか。「ん、あったあった」って武は英語のノートを片手に持って私を振り返った。蛍光灯の光に彼の笑顔が眩しい。私は思わず目を細める。 「オレのこと、待っててくれたんだろ?」 「なんで…、」 「だって帰ってないの分かったし。もしかしてオレ待っててくれたんじゃないかなーと思ったんだ」 うぬぼれも大概にしろー!って言ってやりたかったけど、なにせ本当のことなので何も言えなかった。俯いて黙ってしまった私を見て武は楽しそうに笑う。「図星?」うるさい! 「さーて、帰るか!」 ほら、って彼が私の腕を取って無理やり立ち上がらせた。「腕細ぇのな!」せ、セクハラ!セクシャルハラスメントだ。訴えてやる! っていうか、帰るの?うそ。私待ってたんだよ?帰るの?話は?冗談きついぜ! 「話って何!」 「ん?」 「ホームルームが終わった後!武が言ったんでしょ?」 私がそう言うと彼は頭の上にクエスチョンマークを出すみたいにキョトンとした顔をした。まさか忘れたとは言わせない。 「あーあー、言った言った。そっか、それで待っててくれたんだ」 それ以外に何の理由があるっていうんだ。私はそれが気になって、明日学校でまた会うのにそれまで待ちきれなくてこうして真っ暗の学校で待っていたというのに!自分の言ったことぐらいは覚えてろっつーの! 「まぁまぁ、帰りながらでもいいじゃん」 「よーくーなーいー!」 私がそのために何時間待ったと思ってるんだよ。まだ待たせるの?教えてよ教えてよおしえてよ。気になるじゃんか。 「言ってもいいけど。でも、それでに逃げられると困るしな」 「なんなのよ?」 「んー、逃げるなよ?約束する?」 それって私に逃げられるようなことなのかよ!まさか、お金貸してくれだとか、勉強教えてくれだとか、野球部のマネになれだとか、今度の試合レモンのはちみつ漬け持って来いだとか、お笑いコンビの相方になってくれだとか…最後の三つだったら絶対逃げるな、うん。お金も貸さないむしろ私が借りたい。 「絶対逃げんなよ?外真っ暗なんだし、お前ひとりで帰らせる訳にはいかねーんだからな」 「分かったから、何?お金だったら絶対貸さない」 「違うっつの」 私の台詞に苦笑した顔を元に戻して。それから、息をハーと吐いて、それからスーって思いっきり息を吸ってから彼は言った。 「オレのこと好きなんだけど」 オレすきなんだけど。何が?私が。…私? 彼の言葉が私の鈍い脳みその中心にしっかり届くまで数秒。オレのことすきなんだけど。何、言ってるの?たけしがわたしを?好いてる。 心臓は嘘みたいにドキドキいってる。顔中があつい、本当に。 うそだ、そんなの。 何か言おうと思って口を開いたけれど、何も出てこなくて、私はその口をパクパクさせるだけだった。 武は私から目をそらさない。私はそんな彼から目をそらす。 そんな、みないでよ 「逃げんなよ?が言えっつったんだからな」 私が彼からそらした視線を教室の扉に向けると彼はそう言って私の手首を掴んだ。逃げ、られない。今までひたすら私を見つめていた瞳が揺れて、視線をそらした。明後日の方向を見て、頭を掻いた。そして再び瞳は私に焦点が合う。やさしくわらう 「そんな困った顔すんなよ」 やさしい笑みなのにかなしそうな切ない笑顔だった。心がギュウって締め付けられるみたいだ。私なんかよりずっと武の方が困ったような顔してるよ。困ったような苦笑だ。困ったみたいな顔ふたつ。「忘れていいぜ?」小さく小さく彼が言った。忘れてほしくなんかないくせに。ずるいずるいずるい、全部計算だ。全部作戦だ。 「帰ろうぜ、遅くなっちまう」 そう言って彼は呆然としている私の手を取った。もう片方の手で自分の鞄と私の鞄を持った。手、大きくてあったかい。「手小さいのな」と小さく呟くのが聞こえた。武も同じこと考えてたんだって思うと、心のどこかがほっかり温かくなった。驚きで固まっていた心が溶け出すみたいに。 そうして明るい教室を出た瞬間、氷解した。 私武のこと好きだった。こんなにもこんなにも好きだったのに! 理音へ捧ぐ!(K) |