私は最近彼の夢をよく見る。それはいつも突然やってくるので、夜ベッドでまどろんでいるときもあれば白昼夢のようにふと何かの折に思い出すこともあった。困るのは昼間の方で、その映像が頭に流れ込んでくると、私はその幻に全身を連れ去られてしまうのだ。心奪われると言ってもいい。その夢を見るとありとあらゆる私の動きはは止まってしまって、感覚的には心肺機能さえも止まってしまっているんじゃないかいうくらい、そのまま何も考えることが出来なくなってしまう。ハッとやらねばならないことを思い出すのはすでに数分が経った後なことが多かった。もし料理している最中だったなら肉は炭になる。車を運転しているときだったら考えるだけで恐ろしい。私は幸運にもまだその経験はない。


そこで彼は一面のひまわり畑に立っている。見渡す限り黄色が続いていて、頭上には眩しいほどの青が広がっている。嘘みたいに澄んでいて、嘘みたいに綺麗な色の空。今まで私が見たことのないくらいの青空だった。そこに彼がひとり立っていて、それを私はきっとあまりの眩しさに目を細めて見ているのだろう。流れていく雲も、揺れるひまわりも、全部全部コマ送りのようにゆっくりゆっくり動いていく。まるで世界が減速しているみたいに。そんな世界を私は見ているのだ。

ふと彼の後ろ姿が動く

ゆっくりとこっちを振り返る

彼が左腕に抱えている黄色が見えた

彼の口が動く

風が吹いて彼の髪とひまわりが揺れる

そして空いている右手をこちらへ差し伸べる

幼い子どものような笑顔を私に向けて

、」

消え入りそうな声。全部ひまわりと青空に吸い込まれてしまったみたいだ、と思った。このまま全部吸い込まれてしまっても不思議ではないと思ったのに、予想に反して私を呼ぶ声は徐々に大きくなる。「!」

「おい、大丈夫か?」

その声で私はハッとした。彼の声はもう聞こえない。そして瞬時に理解した。またあの白昼夢を見ていたのだ。しかも今までで一番鮮明で、今までで一番私の心を揺さぶり、今までで一番長い夢だった。今まで彼が手を差し伸べたことなんてなかった。せいぜい、彼が振り返るところまでだった。彼の顔が見れる方が稀だったのに。 そのことで私は衝撃を受けていた。彼はなんでそうしたの?ちがう、これは現実じゃないんだ。私はこめかみを強く押した。その様子を見た今現在現実世界で隣に立っている彼が心配そうに私の顔を覗き込んだ。大切なのはこっちなのにどうして私は幻なんかに捕らわれているんだろう?

「調子悪いなら休んだ方がいいんじゃないか?」
「いいえ、大丈夫」

私は自分に言い聞かせた。あれは夢なのだ。もう二度と現実として訪れるのとのない夢。記憶でさえない。私は彼とひまわり畑を見たことなんてない。私の意識が生み出した幻なのだ。それとも死んでしまった未来だろうか? どっちにしろ真実ではないことだけは確かだ。 

八月の幻