公園のベンチに綱吉が座っていたから、私は学校からの帰り道で日が傾きかけていたけれども、少しだけ寄り道することにした。私は暗くなる前に、夕飯の前に、きちんとお家に帰る良い子であったのに、と思った。寄り道などせず真っ直ぐお家に帰る良い子であったのに。しかしまだ夕焼けにすらなっていないから、寄り道しない良い子ではなくなったが、まだ暗くなる前にお家に帰る良い子は保たれるからよしとしよう、とかどうでもいいことを考えた。

「まるでリストラされたダメツナみたい」

そう言って彼の顔を見ないまま、勝手に隣に座る。誰がとなりに座っていいって言った?と意地悪言われたら、公園のベンチは皆のものだ、と言ってやろうと思っていたのに、そんなこと彼は言わなかった。

「俺はリストラなんかされてないよ」

至極真面目な穏やかな返事しか返ってこなかった。事実を確認するような。もっと、リストラされたダメツナって何だよ!とか、人をダメオヤジみたいに言うなよ!とか、公園のベンチに座ってたら皆リストラされた人かよ!とか、そう言う無駄にハイテンションな突っ込みを期待していたのに。綱吉がリストラされてないことぐらい分かっている。そもそも綱吉、君はサラリーマンじゃないじゃないか。ただの高校生じゃないか。私と同じ。

「知ってる」

私もつまらない、いたって普通の答えしかできなかった。これじゃあ会話の発展も何もあったもんじゃない。もっとも、綱吉に私と会話する意思は感じられなかったのだけれど。ずっと遠くの方を見ている。子どもがボールで遊んでいる。キャッチボールしてる。それを綱吉は見ているのかな?

「なにしてるの?」
「んー、ベンチに座ってる」
「そんなの見れば分かる」
「あと、息、してるかな」

そりゃしてるだろうね。そう言いたかったのに、綱吉が表情を変えないまま言うから私は言葉を飲み込んでしまった。小学生みたいな答えだったけれど、間違ってはいない。綱吉は本当に息をしているのだ。軽々しい返事が出来ないような、真剣な答えだったから。私は結局黙り込んで彼の隣に座っていることにした。私も、息をしている。私達はしばらく公園のベンチで息をしていた。 私はそろそろ帰ろうかなぁと思い始めていた。
そのときコツンと綱吉の足にボールが当たった。向こうの方から転がってきたのだろうか。「ボールとってー」と小さな男の子が駆けてくる。 綱吉は黙ったまま立ち上がって、思いっきりボールを投げた。思いっきりすぎてボールは男の子の頭上を越えていった。「きゃー」と小さい子特有の甲高い声で叫びながらその子はまたボールを追いかけて走っていった。

「いっそ、リストラしてくれればよかったのに、ね」

搾り出すような声で彼はそう言った。私はその言葉を聞かなかったふりをした。その言葉の真意を測りかねたから。なんて言ったらいいか、分からなかったから。彼が無理に笑おうとしているのが気配で分かった。だから私は彼の方を向かなかった。そんな綱吉みたくなかったから。

「とってー」

声と同時にまたボールが転がってきてさっきと同じ男の子が走ってきた。綱吉は屈んでまたボールを拾って、投げた。今度は男の子の数メートル右に飛んでいった。

「へたくそー」

だめだめじゃんかよー、と男の子が言った。ぼくの方がすーおくばいうまいー、と。数億倍。こんな小さな子が数億倍なんて言葉どこで覚えてきたのか。それよりも綱吉の数億倍っていったいどれくらいなのか。見当がつかない。 構ってもらえるのが嬉しいのか男の子はにこにこ笑いながら言う。からかうような口調で。まだたどたどしい言葉で言いながらボールを拾う。かわいさとにくらしさ半々ぐらい。ダメダメジャンカヨー

「そうなんだ。俺は失敗ばかりするんだ。何度も何度も失敗しないと正解に辿り着けない」

綱吉がものすごく哀しそうな声の調子で言ったから、私は胸を締め付けられるかのような痛みを覚えた。今彼はいったいどんな顔でいるのだろう。声と同じように哀しそうな、今にも泣き出しそうな表情だろうか。私からは綱吉の表情は見えない。ただ男の子の顔は見える。その子は綱吉の言う意味が分からなかったのだろう、一瞬きょとんとした表情をしたが、すぐにっこりと笑った。

「じゃあつぎは成功するね」

彼がそう言ったとき、私はハッとした。綱吉もハッとしたように男の子を見つめていた。

「つぎ成功したらゆるしてあげる」

その言葉が胸を突いた。許してあげる。次成功したら許してあげる。「うん、成功してみせるよ」綱吉は何度も頷いてそう言った。そうしたら許してね。 私はその姿を見て、 祈った。