人が多い。一体どこからこれほど多くの人間が湧き出てくるのだろう。大量の人間が、しかもそれぞれ違う目的地へ向かっていく。そんな中私は見知った後ろ姿を見つけた。あっと思った瞬間、彼とは随分距離があったにも関わらず気が付いたら必死で後ろ姿を追いかけていた。別に、知り合いを見つけたからって絶対声を掛けなくてはいけない、なんてことまるでないのに。普通、これほどの人ごみで、これほど距離が離れていたら、そのまま素通りするだろう。もしくは次にあったとき「この前見かけたよ」などと話すとか。普通はそうするだろうに、私は追いかけていたのだ。彼に話しかけなきゃ。追いかけなきゃ。会わなきゃ。気持ちばかりが急いで距離はなかなか縮まらない。人ごみを必死で掻き分ける。見失いそうになる。世界中で私と彼のふたりきりだったなら簡単に追いつけたのに。簡単に見つけ出せたのに。もっと早くもっと早く。

「待って」

精一杯手を伸ばして彼の腕を掴んだ。もう逃げないで。やっと掴まえた。でも、振り向いた彼の顔は私の記憶にない人物だった。

「何か?」
「あ、れ…?」


後ろ姿を見つけたときは絶対に彼だと確信したのに。でも彼って誰?私は誰を想って追いかけたのだろう。今私の目の前にいる人は知り合いの誰にも似ていない。後ろ姿だって、誰にも似ていない。完全なる思い込みだったようだ。どうして

「すみません、人違いでした」

そう言って頭を下げると彼はにっこりと微笑んだ。こんなにも激しい人違いをしてしまったのは初めてだ。こんなに必死で人を追ったのも。こんなにも大量の人を掻き分けてまで追いつきたいと思ったのも。こんなにも人を求めたのも。恥も外聞もかなぐり捨てて。それなのに、今となっては誰を追いかけていたかも思い出せない。あのときは、まるで大切な人を追いかけるような気分だった。私は自分が分からなくなってきてしまったようだ。もう一度「すみません」と謝って俯いたまま彼の隣をすり抜ける。私は再び人々の流れに乗る。人々は相変わらず動いている中、私たちだけが止まっているのは不思議な光景のように思えた。

「人違いでは、ありませんよ」

すれ違いざま、彼がそう言ったような気がした。ならばあなたは誰なの?と心の中で問いかけ、振り向いても、もうそこに彼の姿はなかった。人ごみに飲まれてしまったのだろうか。

 

魂だけが知っている

「君が見つけてくれて、嬉しかったですよ」