―――あの日?ええ、覚えてますわ。何しろすごい騒ぎでしたもの。店の中が騒然となって。まさか、自分が事件現場に居合わせるなんて誰も夢にも思いませんでしょう?皆パニック状態でしたわ。それにしても、ヒトって簡単に死んでしまうものですわね。人間も所詮生き物だということを思い知らされます。あんな綺麗な女性が死んでしまうなんて本当勿体ないですけど。 男?いいえ、彼女とあの場にいたのは女でした。ええ、間違いありません。ハッとするほどの美女で。なんて美しい二人なんだろうと思ったのを覚えています。仲睦まじ気にお喋りしていましたわね。雰囲気的に久しぶりに会った高校時代の親友、といった感じでしたわ。学生のときああいう子いませんでした?美しい二人、完璧な二人。そんな方がいつも一緒にいるんですもの。わたくしたちはもちろん憧れますわ。あのころ感じたそういったものがあの二人にはありましたわね。だからかしら。会話はもちろん聞こえませんでしたから高校時代の親友だなんて完璧わたくしの憶測なのですけど。ですからあまり参考になさらないでくださいましね。 よく覚えているって?だから言ったでしょう?彼女たちはふたりいることでどうしようもなく他人の目を引いてしまうような女性だった、と。ええ、ふたりとも女性です。間違いありません。


―――あの事件?そんなこと言われたって困るんだよな。俺だってたまたまあの店に立ち寄っただけだし。それなのに警官とか何度も話せって言うんだもんな。本当勘弁してくれよ、まいっちまうぜ。こんなことならあのときさっさと帰っちまえばよかった。野次馬なんてするもんじゃねぇよな。でもしょうがないだろ、自分のすぐ近くで人が死んだんだからよ。どうなったのか気になるじゃねぇか。 本当これっきりだからな。一回しか言わねぇからな、よく聞いとけよ。あの日はなぁ、俺もたまたまあそこに入ったんだよ。初めてだ。初めて入る店ってなんだか緊張するよな。自分だけがそこで除け者みたいでさ。なんだか居心地が悪いんだよな。しかもその店なんだか上品な雰囲気でさ。俺がいつも行ってる薄汚れた茶店とは格が違うっていうかさ。そんな居心地の悪さを感じながら俺はそこで仕事してたわけよ。ちょっぴり後悔してたな。だけど近くの席、そうだな通路をはさんで2つ先のテーブルだったな。そこにきれいなねぇちゃん、死んだねぇちゃんだな、が座ってた。お、ラッキーって思ったな。誰かを待ってるみたいでよ。誰と待ち合わせしてんだか気になってちらちら見てたわけ。俺が来て10分ぐらい経ってからかな。あいつが来たんだよ。正直がっかりしたな。いかにもだめそーな中年親父だったんだよ。いつも他人の顔色窺って生きてるような、親父。絶対ぇ仕事できなさそうな。だめオーラが漂ってたな。そんなだめ親父があんな美人と何の話だ?と思ったぜ。だけど丁度いいタイミングで携帯が鳴っちまってよ会話は聞けなかったんだ。残念だなぁ。それ聞いてたら事件の解決の鍵になったかもしれねぇのにな。とにかくその中年親父が犯人だよ。それは確定だな。


―――あのお店には時々行くんですよ。最近見つけた穴場で。雰囲気も上品で素敵だし、ランチの値段も高くないし、会社から近いし。あの日は先輩と行きました。先輩がお昼奢ってくれるっていうんで。あの日の午前私仕事で失敗しちゃって課長に怒られて落ち込んでたから、先輩が声掛けてくださって。迷わずあのお店がいいって言ったんですけど、それがまさかあんな事件が起こるなんて…。亡くなったのって女の方でしたよね。私と同じくらいの歳の。死因は何だったんでしょう? 今調べ中ですか…。犯人の男の人もまだ捕まってないんですよね。いかにも強面の犯罪者っぽい男の人だったからすぐ捕まると思ったんですけど。 あんな人があの女の人に何の用?!って思いましたもん。きっと最初から殺す気でいたんですね。 それにしてもふたりは一体どういう関係なんでしょうね。あんな綺麗な女の人があの男と関係があるなんて思えませんでしたし。もしかしたら赤の他人だったのかもしれませんね。たまたま目に入った人を殺そうとしたのかも。 私は先輩に愚痴るのに忙しくて犯人が女の人のテーブルに座るところしか見ていないんですけど。あんな強面の人がいきなり前に座ったらびっくりするだろうな、普通は。


―――そのことあんまり話したくないんだけど。私には関係ないことだし。それに私のこと誰に聞いたの? ああ、あの子ね。お喋りだから。事件のときのこと喋りたがるけど私の前ではさせないようにしてる。人が死んだときのこと喋るのって気分が悪いじゃない? 仕方ないわね。これっきりよ。確かに私はあの子と一緒にあの店に入ったわ。あの子は何度か来たことがあったみたいだけど私は初めて。あの子に連れられて初めて知ったわ。なかなかいい店じゃない?って思ったわね。今時少ないわね、ああいう店は。でも勿体ないわ、あそこで人が死んだって噂が流れたら経営は悪化するでしょうから。死因、まだ分かってないんでしょう?食中毒だとかいう噂が流れたらおしまいね。まぁ、可能性としては食中毒っていうのも十分有り得るけれど。一体どうしたのかしらね。ひとりでコーヒーを飲んでたかと思うといきなり倒れて。 あの子はその方向に背を向けてたから倒れる瞬間は見てなかったようだけど、私は向かいに座ってたからよく見えたのよ。あの子の愚痴にもちょっとうんざりしてたから聞いてるふりして割と店内を観察してたの。一瞬彼女が倒れるだなんて分からなかったわ。ふわりと軽く、宙を舞うように、床に倒れたのよ。びっくりしたわ。 自殺、だったのかしらね


―――あの美人の女の子ね。ええ、よく覚えてますわ。あの日はたまたまちょっと遠くのデパートまで買い物に行ってたのよ。運動不足で最近太っちゃったみたいで、お気に入りのスカートを穿くためちょっとダイエットしようと思ってデパートまで歩いていったのよ。行きはよかったんだけどねぇ、買いすぎちゃって帰りは大変だったわ。ヨロヨロのフラフラ。駄目ね、ああいうデパートへ行くとつい必要ないものまで買っちゃって。あまりにも荷物が重くて疲れちゃったもんだから休憩することにしたのよ。丁度良さそうなお店があったし。主婦にもちょっとした楽しみや休息も必要でしょ?それなのにまさかあんなことが起きるなんてねぇ…。世の中何が起こるか分かったもんじゃないわ。本当物騒ね。 丁度私の前に入ったとこだったわ。ええ、すぐ前に。犯人のあとに続いて私が店に入ったのよ。あのときあんなことが起きると知っていればねぇ…。待ち合わせでもしてたのかしら。一直線に犯人はあの女の人のところに行ったわ。全然不自然じゃなかったわ。ちょっと久しぶりに会った母子って感じで。本当に母子だったのかどうかは分からないけど。年齢的にそうだったってだけよ?母親が子供を殺したと考えるより元々赤の他人だったって考える方が無難かしらね。私よりいくばかか年上の女の人だったわ。そんな人が殺しをするんだから世の中分からないわねぇ。



―――別に構いませんけど、俺あの事件について話せることなんてありませんよ。…もしかして、俺が容疑者として疑われてるとか? 違うんならいいんですけど。本当に俺じゃないですよ。俺人が倒れたときその店にもういなかったんですから。まぁその場にいなくても殺す方法なんていくらでもあるのは知ってますけど。ドラマとかでよくありますもんね。でもあれって本当にうまくいくのかな? 俺の隣のテーブルに座ってた人?ああ、あの美男美女のカップルか。覚えてますよ。絵になるような二人でしたから。女の人はかなりの美人で、タイプだったなって思いましたもん。だけどその彼氏がまたすっごいいい男で。すぐああ、こりゃ叶わないなって思いましたよ。ふたりともモデルだったりするのかな? え、死んだのあの女の人ですか?まさか!信じられないな…。俺はあのとき丁度帰るとこだったから。男が「待たせたか」みたいなことを言ったのは覚えてるけど。死んだなんて…。死因は何なんですか? 水死、ですか…?あの女の人が?水死ってことはつまり窒息死ですよね。肺に水が?それは奇妙ですね。あの状況で水死、ねぇ。世の中には不思議なことがあるもんですねぇ。彼女の口の端から血が伝ってるように見えましたけど。口の中を切ってただけとか?てっきり俺は毒殺かと思ったよ。前に座ってた男が女の人に毒を盛ったのかと。あの男まだ捕まってないんですよね。大したもんだ。早く捕まるといいですね。



―――あの日は確かにあの店にいましたね。ええ。それにしてもよく僕がそこにいたと分かりましたね?…独自の情報網、ですか。なるほど。いえいえ、何でもありません。今は情報の時代ですからね。別にあなたがそれを知っていても不自然ではありませんよ。 ええ、確かに僕はあの店にいました。あの日は柄にもなくひどくイライラしていましたね。その店に着く前にガムを踏んでしまいまして。彼女にも振られてしまいましたし最悪の一日ですよ。占いでは一位だったんですけどね。ああいうのって当てになりませんね本当。 死んだ女性?ああ、あの美しい人ですか。あんな若い女性が早く死んでしまうなんて本当勿体ない。まぁ、そんなこと言ったって仕方のないことですけど。美しくて、有能そうな女性でしたね。仕事も出来て、周りからも信頼されてる。しかしその一方ひどく愚かな恋をしている…。まぁこれは僕の想像、ですが、ね。 死因が不可解?ほぉ。今時珍しいですね。そんな事件。そう言った不可解な謎には美しい死体、と相場は決まっています。 人は死なないでいい人間ほど早く死ぬように出来ているらしい。有能な人間、この世に必要とされている人間。まぁ“この世”に必要とされている人間なんていませんがね。“この世の人間”に必要とされている人間、と言った方が正確でしょうね。これはとても曖昧な基準ですが。ですが、そういった点では彼女は死んでしまうのに惜しかった人間と言えるでしょう。 …なんで、死んでしまったのですか?僕はあいしていたのに、...



  

 

彼女の

 


死因