その日、僕は夕方の並盛を歩いていた。日暮れになっても帰ってこないランボを探すためだ。どこか遊びにふらふらと出掛けたままなかなか帰ってこないランボをママンが心配したんだ。こういうとき、いつもツナ兄がママンに頼まれて探しに行くのだけれど、その日はツナ兄はたまたま出掛けていて家にいなかった。だから「ランボくん遅いわねぇ、大丈夫かしら」と言うママンに「僕が探してくるよ!」と名乗りをあげたのだ。どうせ放っとけばそのうち帰ってくるに違いないと思っていたけれどママンに心配させる訳にはいかない。いつもツナ兄たちの"弟"な僕だけど、ランボよりはお兄ちゃんなのだ。それくらいは知っている。年上としてランボを探しに行く義務がある。多少面倒くさいけれどもお兄ちゃんだから仕方ない。

「ランボー、どーこー?」

とりあえず公園に向かって歩く。きっとどこかで時間を忘れて遊んでいるに違いないから。そう思っていた。でも公園にはいなかった。ブランコが風で揺れ、すべり台の影が長く長く伸びていた。人気のない夕方のさびしい公園。もうすぐ夕日のオレンジ色も消えそう。

「ランボー?」

ランボがこの公園にいないのは分かっていた。だってあのうるさいランボがいたら絶対分かるもの。どこかで遊びつかれて寝ているという可能性もゼロではなかったけれど、多分違う。これは僕のランキング能力とかとはまったく関係ない、ただの直感でしかなかったのだけれど。それは当たっていた。ランボはいなかった。ただ別の人がいたけれども。

「そこで、何してるの?」

僕は滑り台の陰で小さくうずくまっていた子に声を掛けた。女の子、だった。かわいい柄のワンピースを着ていたけれども、それの裾は泥で少し汚れていた。こんなところにしゃがんでいるから。もったいないよ。 どうか、したの?と声を掛けると女の子はびくりと肩を震わせた。そうして濡れた大きな目で僕を見上げた。

「かくれんぼ、…」

時折、ひっくとしゃくりを上げたから、僕はこの子が長い時間ずっと泣いてたことが分かった。 かくれんぼ?一体何から隠れてるんだろう? この公園にはもう他の子どもたちの影はないのに。この子は何とかくれんぼしてるんだろう。

「ひとりで?」

それは地雷だったらしい。彼女はまた目からぽたぽたと新しいしずくを生み出した。ぽたぽたぽたぽた。それが彼女のかわいい柄のワンピースに、オレンジ色に染まった地面に、僕がとっさに伸ばした手に、落ちた。 ごめんね、泣かないでよ。 僕は自分でもびっくりするほど情けない声をだした。

「皆、私を見つけてくれないの」
「君は隠れるのがうまいんだね」
「いつも私を残して帰っちゃうの」
「見つけられなかったから諦めちゃったんだ」

どうしたらこの子を泣き止ませられるだろう。泣かないでよ。ひとが涙を流すのをみると、どうしようもなく不安になってしまう。 多分、この子と一緒に遊んでいた子はわざと帰ってしまったんだ、と僕には予想がついた。子どもは時々意味もなく、そういう残酷なことをするから。なんて、僕も十分こどもであるのだけれど。

「僕も隠れるのは得意なんだ」

それは自嘲でもあった。隠れるのは、得意。じゃなきゃ僕はいまここにいないもの。とさすがにそこまでは言わなかったけれど。僕は隠れることしかできない。うそは言ってないよね?

「本当?」
「今度かくれんぼしてみる?」
「今度?」
「今日はもう暗いから」

そう言って手をとると、彼女はこくんと頷いた。「ありがとう、」と小さく擦れた声で言った、ような気がした。そのとき少しだけ笑顔を見たような気がしたから僕はますます嬉しくなった。僕は涙より、笑顔の方が好きなんだ。

「おうちどこ?一緒に帰ろう」


結局あのときランボはすでに帰ってきていて、ママンの夕飯を食べていたんだっけ。懐かしいな。あの子とかくれんぼをすることはなかった。言ってしまえばそれ以来会うこともなかったのだ。あれからしばらくして、僕はイタリアに帰ってしまったし。今も日本から遠く離れたイタリアにいる。それにしてもどうして今さらこんなことを思い出したのだろう?
それは多分、あの時の女の子が、今隣で眠る彼女ととてもよく似ていたからかも、と思った。