真夜中、月明かりが差して、廊下にひとつだけ影が落ちる。自分の足音だけがやけに響いているように聞こえるのは気のせいだろうか。そう思い、すぐにそんなことを考えるなんて疲れているのだろうか、と頭を振った。今から親方様に報告に行って、それからまたすぐに出かけなければならない。自分のベッドが少し恋しくなった。ここのところずっと忙しくて、自分の部屋にほとんど戻っていなかった。そろそろ休みがほしいなぁ、なんて考えながら歩いていると、ぐい、と肘を掴まれて、物陰に引っ張られる。何事かと焦ったが、「バジル、」と呼ぶその声には聞き覚えがあった。

、こんな時間にこんなところで何やっているのです?」
「ちょっと待ってね」

しー、と人差し指を口元に当てて彼女は言ってごそごそとポケットの中をあさり始めた。ちょっと待ってねじゃないですよ、今何時だか分かってるんですか?夜中ですよ、夜中。そろそろ日付も変わろうって時におぬしはまたひとりで出歩いて…。と小言を言おうと口を開いたが、彼女にいきなり手を掴まれたものだから全部引っ込んでしまった。

「これ、あげる」

そう言って彼女は何かを無理矢理拙者の手に置いた。どうせろくなものじゃないだろうと思っていたが、少しだけ期待はした。何かと見てみると、手のひらに乗せられたものは、

「ガム?」
「バジルまたこれから親方様のところに行くんでしょう?いつもお疲れさまってことで」
「ガムとはまた子どもっぽいですねぇ」
「うるさい!」

「そんなこと言うんだったら返せ!」と拙者の手からガムをひったくろうとするのを避けて、の届かないよう手を高くあげる。彼女は心底悔しそうな顔をしたけれども、見なかったことにする。拙者が一度もらったものなのに返すものか。

「ありがとうございます」

微笑んで言うと、彼女はガムを奪い返すのを諦めて、「ああ、うん」と曖昧な返事を返した。彼女に気付かれないように時計を見る。そろそろゆっくりしてられない。「では拙者はそろそろ行きます」と言うと彼女は「呼び止めてごめん」と謝った。全然、謝るようなことじゃないのに。本当は疲れていたけど、を見たら元気が出ました。なんて、笑われるだろうか。

「頑張れ」

ああ、これで3日連続徹夜でも出来そうな気がする。
バジ誕記念だったけど間に合わなかった。もったいないので再利用