「バジル、」

と私が呼ぶと彼は 「何でしょう」 と振り返る。ざぁん、と波がくずれて海が近づいてくる。波は彼の手前で止まって、名残惜しそうに戻っていく。波は届かない。 「バジル、」 彼はふっとしゃがみ込み、何かを拾い上げた。

殿、」

私の手をとって、それを握らせる。彼の手は温かくなければ、冷たくもなかった。驚くべきことに。

「これを拙者だと思って大切に持っていてくださいね」

手のひらをそっと開くと、青く月の光にキラキラ光るものが出てきた。石?違う、ガラスだ。長いこと波に洗われて、角が取れて、磨かれた、青。私の手のひらにちょこんと乗った海のガラス。

「バジルだと思ってって…、これ今拾ったものでしょう?」
「そうです、今拾いました。それが何か?」
「そんなものでいいの?」
「だめですか?」
「いいですけど」

そう言うと彼は嬉しそうに笑った。 「ずっと持っていてくださいね」 これは確かに彼が拾ったものなのだ。夜の海で彼が拾った。それを私が受け取った。それだけで十分だ。ガラスはキラキラと深い青に輝き、それはまるで宝石のように見えた。辺りが暗かったから、そんな風に特別なもののように見えただけかもしれない。違うかもしれない。だって、事実そのガラスはすでに私にとって特別なものなのです。バジルが私にくれたもの。彼は、夜の海で、海の底のように青くて、宝石のように輝く、ガラスのかけらを拾った。

「ずっとずっと大切にするから、」

私がそう言うと彼はまたにっこりと笑い、口を開きかけ、何かを言おうとした。 けれどもそれは波の音にかき消された。波がついに彼の足元をさらった。それでも彼は笑みをくずさない。波は私のところまでは届かない。一緒にさらってくれたらよかったのに。 ノイズのような波の音ばかりが聞こえる。 彼の声はもう聞こえない

溺れるサファイア