「好きな人が、いるんですよ」
彼はほのかに頬を朱に染めて、そしてその頬をぐてーっとテーブルにくっつけて、言った。



その日私達は"飲み会"と称して、綱吉、獄寺、山本など以下数名と一緒に居酒屋へ来ていました。何かの祝宴会だったと思うのですが、私達が一体何を祝うつもりだったのかはもう忘れてしまいました。私達の"飲み会"は言わばただ、酒を飲むための口実に過ぎず、それは女子高生が何かにつけてお菓子パーティーをするのと同じように、私達大学生は飲み会を催すのです。私達は誰かの誕生日1週間前だと言っては酒を飲み、誰かに彼女が出来たと言っては酒を飲み、誰かのバイトの給料日だと言っては酒を飲みました。要するに理由は何だって良かったのです。 と、まぁ、それくらい私達にとって酒を飲むことは大して特別なことではなかったのですが、ただその日いつもと違っていたのは、いつもその席を辞退する彼が一緒に来ていたことでした。

と言っても、私が半ば強制的に連れてきたのですが。私はいつものように帰ろうとする彼の腕を掴み、「せっかく綱吉が奢ってくれるって言うんだから、来なきゃ失礼だよ!」と必死の説得を試みました。もちろんそれは口からでまかせであり、奢ると言ったことにされた当の本人は俺そんなこと言ってない金ない!と抗議したのですが、その声は「だからたまにはバジルも行こうよバジルがいないとつまらないよ!」という私の言葉に掻き消され彼の耳に届くことはありませんでした。綱吉の奢りという言葉が効いたのか、それとも私の必死の説得の言葉が届いたのか、真偽のほどは定かではありませんが、最終的に彼は「では、たまにはご一緒させていただきます」と付いて来たのでした。

しかしそうまでして彼を誘ったにも関わらず、私が彼の隣に座り、会話をしたのは、宴会もたけなわになったころでした。私はさりげなく席を移動し、彼の隣を確保し、そしてさりげなく当たり障りのない言葉で会話を開始させたのでした。結構飲んでるねー。そうでしょうか?酔いたいの?そう見えますか?みえる。

「何か悩みでもあるの?」

私がそう言うと彼はとろんとした目で私を見た。私は飲もうと傾けたグラスそのまま固まってしまう。ドキンと心臓が。 彼が小さな声でよく分かりましたね、と言う。うそ、当たりですか? 彼は潤んだ目のまま言う。 実は、

「好きな人が、いるんですよ、」

私は思わず、え、という声が漏れてしまった。と思う。自分がそのときそういう声を発したことにも気付かないほど私は動揺していたようです。そんな私を見て彼はくすりと笑う。 そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。 私そんなに驚いてた? ええ、そりゃもう。

「だって、バジルそういうこと全然言わないし、見せないし」
「ただ機会がなかっただけですよ」
「いるんだ」
「いますよ、そりゃ」

拙者とて男なのですよ?と彼は言った。思いを寄せる女性がいてもおかしくないでしょう? そりゃ、そうだ。彼はもうすでにティーンエイジャーではなく、ましてや"男の子"でもないのだ。私がもう"女の子"ではないように。綱吉や獄寺や山本やらがそうであるように。彼にだってすきなこがいたっておかしくないのだ。彼女がいたっておかしくないのだ。 それなのに、わたしはこんなにも動揺している。 獄寺が俺十代目のためにこの酒を一気飲みします!と言ったのが聞こえた。

「そっか、」

そう私が言って、彼から視線をはずすと、彼はいきなりガタンと派手な音を立てて立ち上がった。何事かと思ってみると彼はそのままツカツカと獄寺のもとへと歩み寄った。な、何だよ?!と獄寺が情けない声を上げる。彼は無言のまま獄寺の手にあるグラスをもぎとり、一気に傾けた。そりゃもう、いい飲みっぷりでありました。綱吉がバジルくん?!と驚いた声を出し、山本がおーやるなーと能天気な声で言う。

「バジル、何して、」

るの?と言い切る前に彼はまた私のもとへ戻ってきて、そうして私の胸元へ倒れこんできた。私はさらに動揺してしまって、バジル?!と呼ぶと彼が殿、」と私の名を呼んだような気がした。気のせいだったかもしれません。次の瞬間には彼の規則正しい寝息が聞こえてきた。

「寝て、しまいました」

と私が周りに状況報告すると、山本が「珍しくあいつ今日かなり飲んでたもんなー」と言いました。これ、どうすればいい?と私が救いを求めると、綱吉は「しばらくそのままでいればいいんじゃない?」と適当な返事をしました。どうやら私が"綱吉の奢り"と言ったことをまだ根に持っているようです。 彼は気持ち良さそうに眠っています。私は、もう彼をこういう場に誘うものではないな、と思いました。 とりあえず、今のは私はこの状況をどう打破すべきか考えなければならぬようです。  彼の言葉がぐるぐるとあたまの中を駆け巡る。
 のんだくれバジル;thanks moe!