まず最初に宣言しておきますが、私はバジルが好きです。

これは紛れもない事実であり、真実であり、私を形成する核と言っても過言ではないでしょう。私はこれから彼について何やらとうとうと述べますが、このことは何があっても 嘘 ではないことを忘れないでほしいのです。私が古今東西あらゆる嘘を吐き続けたとしても、これだけは本当のことなのです。これが嘘であったとすれば私はすべて嘘で出来た女となるでしょう。なにしろそれは私の人格を形成する核なるものなのですから。もちろん私は虚言症の女というわけではないのでそんなことは事実としてないのですが。きちんと私の中に真実はあります。それは私を根本から覆すものとなるほど重要な事実なのです。私はそういうことを例えたかったのですが、お分かりいただけたでしょうか?

私と彼はいわゆる幼馴染というやつです。物心付いた頃から一緒にいました。気付いたら、隣にいた。それは兄妹のようなものです。こういう場合、世間一般的に、恋愛感情というものは存在するか否か、は私は知りませんが、少なくとも私は是でした。これが他の男だったらどうなっていたかは私の知るところではありませんが、少なくとも彼相手に私は恋をしてしまいました。これが私でなく他の女子が彼の幼馴染だったとしても彼女もまた恋に落ちてしまったのではないかと私は推測します。

その理由として、まず第一に彼はとても優しいのです。これは全国の女子の好きな男の子のタイプ、もしくは結婚したい男のタイプベストスリーに入るのではないでしょうか。とにかくやさしいのです。彼はきっと重い荷物を背負って道を歩いているおばあさんを見かけたら放っておくことが出来ず迷わずそのおばあさんに代わって自らが重い荷物を背負うことを選ぶでしょう。そのやさしさは全人類に平等に降り注ぐ太陽光がごとく万人に与えられるものなのです。女子は優しさにはとことん弱い生き物です。

次に彼は容姿も端麗です。彼は澄んだ美しい海を連想させる青い瞳を持っており、その右目は普段髪に隠されていますが、時折のぞく右目はハッとするほど美しいのです。もちろん左目も同じように青く美しいのですが。私が言っているのはつまり、両目で見詰められたら。そういうことを言っているのです。 瞳を隠す髪もまたさらさらと絹のように手触りがよく、長めの髪は彼が動くたびにぴょこぴょこと揺れたりするのです。彼はとにかく顔のパーツが整っている。 その整った顔で微笑んだときの破壊力は凄まじい。これまで幾人の女子が虜になったことか。

また彼は一見華奢に見える体つきですが、実はものすごく強いのです。運動神経が良く、何をやらせても上手いのです。彼は優等生タイプであり、真面目で気が利き品性良好頭脳明晰でもあるのです。よって、彼は人気があります。

彼の良点としては素直である、ということも挙げられるでしょう。とても正直なのです。他人に嘘が吐けず、また自分にも嘘が吐けません。人の良い点をすぐに見つけることができるという特技も持っており、褒め上手です。ですので、例えば「今日の髪型、かわいいですね」なんて言葉がすらすら出てきたりするのです。それで勘違いしてしまう女子は少なくないでしょう。

と、まぁ、彼の美点をざっと挙げましたが、長所が長所にとどまらず短所にもなりえている、と彼について私が思っていることにお気づきになられた方も多いのではないのでしょうか。そうなのです、彼はあまりにも素晴らしい人間であるため、女子に大変もてるのです!

ほら、今だって彼は数人の女子となにやら楽しそうにお喋りしています。ここからでは会話の内容まで聞き取れませんが、笑い声とか「やだ、バジルくんってば」などという言葉の端々ぐらいは聞こえてきます。"バジルくんってば"何なのでしょう?彼は何を言ったのでしょう。どうせまた"かわいいですね"とかそういう言葉を軽々しく使ったに違いありません!そう思うと私は居ても立ってもいられず、ついに彼に声を掛ける覚悟を決めたのでした。

「ごきげんよう、バジルさん」
殿、どうかしましたか?」

彼はたった今私の存在に気付いたかのような顔で振り向きました。いえ、実際今気付いたのでしょう。なんということ!彼は私がいま話しかけるまで、私が近くにいたという事実にすら気付いていなかったのです。なんという裏切り!こんなことってありません。彼と私はすでに5つの頃に婚約の契りを交わした仲だというのに!

「ちょっと付き合ってほしいことがあるの!」

そう言って私は彼の腕をぐいぐい引っ張り、女子の輪から引き離す。ごめんね!と言いながらもぐいぐい引っ張る。後ろから声が追いかけてきても気にしない。それでも彼がこう言って来たときにはさすがに私も足を止めずにはいられなかった。もっともあの場からかなり遠くまで来たところでですが。

「ちょっと、待ってください。まだ彼女達との話の途中で、」

このフェミニストめ!と私は心の中でひっそりとののしりました。やっぱり、バジルなんてきらいです。私にとって、彼の美点は欠点でしかないのです!数多の乙女の心を惑わし(かく言う私もそのうちのひとりとなるわけですが)、それを彼はこれっぽちも悪いと思ってはいないのです。それどころか、乙女の心を惑わしているということにすら気付いていないかもしれないのです。知らないということはかくも罪深きや!さいていです。だいっきらいです。婚約解消です。私は、やさしくて目がきれいで何でも出来て正直な彼がきらいです!そうやって乙女心をもてあそぶおとこはさいていです!乙女の敵です!私は今日より彼との縁を切ろうと思います。(嘘です嘘です嘘です切れるはずがないのです)

「あなたは、いったい、誰が好きなの?あの子達がすきなの?誰がいちばん?」

私はたまらずそう言ってしまった。ばかだばかだばかだばかだ。もし彼が"あの子が好きです"と言ったなら私はおそらく再起不能になるでしょう。一度心の中でとはいえ、彼のことをきらいと言ったくせに私は傷つくのです。ああなんておろかなおんな!しかし、彼は当然のように答えるのです。もし、彼がそう答えることを私が知っていてそう聞いたのならなんていやなおんななのでしょう!それでも、ああ、彼は 「おぬしが一番すきです」 と言うので。彼は自分に正直で、決して嘘を吐くことがなく。そして、とても素敵な笑顔を持っているので。(どうしようもなく、性懲りもなく、私はまたドキッとしてしまって)

「おぬしがきっと世界でいちばん大切で。おぬしがきっと世界でいちばん好きです」

「拙者が"好き"という言葉を使うのは、殿に対してだけですよ」 彼はそういうことをさらっと言える人物なので。しかもそれを破壊力抜群の笑顔でいうので。ふわりと。あの乙女を何人もとりこにしてきたやさしい笑顔で。きっとそれで世の女の子は皆騙されてしまうのです。かく言うきっと私も騙されているのでしょう。きっとそうに違いありません!と素直でない私はそう思ってしまうのです。  私もあなたが一番すきなのに、ね。 だから私はバジルのその言葉がすごく嬉しいし、だからその言葉を簡単に信じてしまうよ。何度でも。  それがわたしのせかいのすべてだ