「バジルさん、」 彼は日溜りの仲、縁側に腰掛けていました。今日という日は、空が晴れ渡っていてぽかぽかと暖かい日でした。あの方の髪がさらさらと春風になびいていたことを覚えています。 「こんにちは、」 「ああ、さんでしたか」 「お邪魔でしたでしょうか?」 「いいえ、暇していたところです」 彼は振り向き、私に向かってにっこりと笑みを作りました。私はそれを見るといつも春を思い出すのです。花弁舞う桜の木の下であの方が微笑んでいるのです。しかしながら、私は彼と春を迎えるのはこれが初めてのはずなのです。それなのに、私はこの光景を知っている気がするのです。不思議なことに。 「何をしていらしたのです?」 「特に何もしていませんよ。強いて言えば猫を、」 猫ですか?と問いながら彼の隣にしゃがみ込むと、彼の膝の上にはなるほど、猫がいました。真白で少し毛の長い、小奇麗な猫でありました。猫は彼に頭を撫でられ、大層気持ち良さそうに、ゴロゴロと喉を鳴らしていました。私はそれを見て思わず笑みを零してしまいました。あまりにも平穏で幸福な日常だったので。 「この猫はどちらのお宅の猫だかさんはご存知ですか?」 「あら、その猫はお父様の猫ですよ」 「そうだったのですか?今まで見たことがありませんでしたが」 「その猫はお父様の書斎で飼われているのです。そこから出ることは滅多にありませんが、しかし時々こうして逃げてしまうのです」 彼の手がするすると猫の毛の上を滑る。長く、白く、美しい手です。しかしそれは私のものと比べてあまりに大きく、骨ばっている。その手を見て私はバジルさんは男の方なのだなぁ、と唐突に思い、ひとり赤面しました。お父様の客人として何度かお顔を拝見し、ご挨拶もしていたのに、数回はご夕食もご一緒させていただいたこともあったのに、こんな風に思ったことは、ただ一度もありませんでした。ただ、美しく、優しく、聡明な方だと尊敬の念を抱くことは度々ありましたが。今があまりにも長閑だったせいでありましょうか。 「連れ戻していただけるとお父様も喜ぶと思います」 「そうですね、後で連れて行きましょう」 彼が"後で"の部分を強調するようにおっしゃったので気になって尋ねると、 「こんなにも良い天気なのです。もう少しこの子にも春を見せてあげたいでしょう?」 彼の目が優しく細められた瞬間、ああ私はこの方が好きなのかもしれないと思いました。こんなにも美しく、優しく、聡明な方を、私は彼以外知りませんでした。今頃知るなんて、もっと早く気付くべきでありました。ただ私はこの気持ちを一生外に出すことがないということだけは知っていました。 「春の匂いがしますね」 また春風は吹いて、彼の髪と、今度は私の髪も一緒に揺らすのです。そして猫は微かに尻尾を揺らす。 070418 |