公園に呼び出されました。昨日電話があったのです。「あの、明日の5時に並盛公園で会えませんか?」 受話器の向こうの声が少し緊張しているように思えた。ほんの少しだけだったけれども、拙者はもう彼女のそのほんの少しの変化でさえも感じ取れるようになっていた。よく、なんで分かったの!と驚かれるけれども。分かるから分かるんですとしか言いようがない。 「何か用なら今からおぬしの家まで伺いましょうか?」「ううん、いいの!その、明日会いたくて…、だめかな?」「いいえ、大丈夫です。並盛公園に5時ですね」そんな風に言われてしまったら頷くしかなくなってしまった。電話で声を聞いたら、なんとなく、今すぐ会いたい気持ちになってしまったのだけれども。仕方がない。 そして現在並盛公園にて。時計の針は5と12を指している。つまり5時です。殿の用事は何だろう、と考える。わざわざ今日会いたいといったのには何か意味があったのだろうか。それともただ単に拙者を気遣って次の日でいいと言ってくれたのでしょうか。うーん。と、その間に5分経った。彼女はまだこない。さらに5分経った。何かあったのでしょうか?少し、不安になるけれどもまだ10分じゃないかと自分に言い聞かせる。どうやら自分は殿のこととなると多少過保護になるところがあるらしい。あと5分待っても見えなかったら電話をかけてみようか、と思っていたところに道の向こうから彼女が走ってきた。 「ごめんね、こっちが、呼び出したのに、遅刻、しちゃって…」 「いいえ、それはいいのですが…、大丈夫ですか?」 彼女はかなり全速力で走ってきたらしく、言葉は途切れ途切れではーはーと肩で息をしていた。本気で心配した。そんなに、無理して急ぐこともなかったのに。 「全然、大丈夫。大丈夫、なんだけど、」 「息を整えてからでいいですよ」 「うん、」 一生懸命話そうとするのでそう言ってやると彼女はすーはーって2,3回ふかくふかく深呼吸してそれから「待たせちゃってごめんね」と言い切った。 「気にしてないです。殿が急いで来てくださったのはよく分かったので。それに10分だけですし」 「10分の遅刻でも、バジルくんはどうせ約束の5分か10分前には来てたんでしょ?20分も待たせてる」 ばれてる。 「…、そんなことはどうでも良いです。殿は拙者に用があったのでしょう?」 そう言うとなぜだか殿はもじもじと、そうそれはもじもじという表現がよく似合うような仕草、つまり微かに頬を染め俯き手を持て余し始めた。彼女が初めて好きだと言ってくれた日のことを思い出した。 「まぁ…、まぁ、ちょっと歩かない?」 「…いいですけど」 様子が変だな。思ったけれど問い詰めることはできなかった。そういえば昨日の電話のときから少し様子がおかしかった。何かあったのだろうか?一体何があったのだろう。でも隣を歩く彼女がちらちらとこっちを見てくるのはいつもと同じなので、何もなかったように思える。気のせいだろうか?考えすぎだったのだろうか? 手袋を忘れてしまった手が冷たいのか、しきりに両手を擦り合わせ白い息を吹きかけている。その手が脇に戻されたときを狙って握る。そしてそのまま自分のコートのポケットの中へ2つの手を入れた。手を取ったときの彼女の手はびっくりした風に震えて、瞳もまた驚いたように拙者の顔を見詰めていたけれど、すぐ頬を染め、俯いた。その時にポケットの中の手が少しだけ握り返されたので嬉しくなった。 「寒いですか?」 「ううん、大丈夫」 「手、冷たいですね」 「…ごめん!冷たいよね」 そう言って彼女の手が慌てて出て行こうとしたので、手を放さないでむしろ今までより強く握ったら彼女を少しだけバランス崩して、こけそうになってしまった。ああ、わるいことをしたな、と思ったけれど、やっぱり放す気はなかった。軽くこちらに倒れこんでくる、それすらもいとしく思えて笑ってしまう。ああもう殿といると笑ってばかりだ。どうしてこう、しまりのない顔になってしまうのだろう。かっこわるい。彼女が何かの仕草とか、そのひとつひとつのたびに、その髪一本一本にまで口付けたくなる。どうやらそうとう恋しているらしい。 「なんで放そうとするんですか?」 できるだけ柔らかい声色で聞く。殿の手は小さくて自分の手の中にすっぽり納まってしまう。だからすっかり包んで冷えたそれをあたためてやることもできる。小さいから簡単にポケットの中にするりと入ってしまう。体のパーツひとつひとつが小さくて自分のものとは違う。指も細いし、手のひらも小さい。 「う、あの、なんかすみません…」 怒っているわけじゃないのになぁ。「じゃあもう放さないから!」ぜひそうしてください。彼女の手をポケットに入れて歩くのには少しだけコツがいる。何しろ彼女は歩くのも遅い。足をちょこちょこと沢山動かして前に進む。拙者は殿より速く歩いてしまわないようにいつも以上に注意を払う。時々殿の方が触れ、離れてく。 そろそろ公園を一周してしまうなぁ、もう一周くらいこうしていられないだろうかと思っていたが彼女はそう思わなかったらしく、突然「バジルくん!」と大きな声で呼んだ。びっくりしてそちらを見るとしかし彼女は目を伏せた。 「今日バジルくんを呼び出したのは、…」 えっと、その…、としばらく逡巡したあと、彼女は何かを決意したかのようにこちらを見た。「今日はバレンタインなんです!」 「…はい、」 「それで、日本にはバレンタインに女の人が男の人にチョコレートを渡す風習があってですね、」 「はぁ、」 「女の子はいつもお世話になっている人とか…、好きな人にチョコを渡すわけです。だから、はい!」 そう言って彼女はおそらくキョトンとしているだろう拙者に持っていた紙袋を突き出した。…えっと、待ってください。今日は2月14日で。ああ、ここのところ日にちの感覚がなくなっていたからすっかり忘れていた。とにかく今日はバレンタインデーらしい。ということは拙者は殿に何か用意しなければならなかったのでは?!バレンタインデーを忘れるなんて恋人として失格です。花束など何かプレゼントを用意すべきだったのです。むしろ拙者の方から誘うべきであったのです!殿はそれを怒っているのだろうか、とも思ったけれども、そうではないようだ。さっき殿は何と言っていただろうか?日本では女性が男性にチョコレートを渡す行事だと。誰に?いつもお世話になっている人や、好きな人に。 「バジルくんはこんな日本独特の習慣なんて知らないかなと思ったんだけど、やはり私は日本の女の子なのでこの行事を無視するわけにはいかず、」 「つまり、殿は拙者のことが好きだからチョコレートを渡そうと思ったのですね?」 「…そうで、すっ?!」 ああ、これだからおぬしは!どうしてこうも拙者の心を掴んで放さないのでしょう。思わず強く抱きしめてしまう。おぬしがどうしても今日会いたいと言ったのはこういう理由だったのですね。なんて喜ばしいことでしょう。たぶん今拙者の顔は今まで以上にだらしなく緩んでいることだろうと思う。 「すみません、拙者は何も用意していなくて…」 「いいんだよ、日本ではそれで」 「日本では、殿は他の誰かにもチョコを渡したりするのでしょうか?」 「義理は、まぁ…」 「だれにもあげないでください、と言ったら怒りますか?」 誰にも渡しはしない。チョコだって拙者だけのものであってほしいし、もちろん殿自身も誰にだって渡すつもりはないのです。手だって放しはしない。 そうして愛を確かめあったりして、 |