会いたいなぁ。会いに行きたいなぁ。突然家に押しかけてしまうのは迷惑だろうか?それとも無理矢理用事を作ってしまおうか。おいしいと評判のケーキを買ったので。ツナに用事があって。ランボちゃんとこの間した約束が。どれも以前使ったことのあるものばかりだった。 ああ、でも私は恋人なので理由がなくったって会いに行ってもいいのでは?会いたいから会いに来ちゃった、それでいいのでは? でもいくら恋人とはいえ用もなく家を訪ねるのはまだ…。そんなことを悶々と考えながら昇降口を抜けた。会いたいなぁ。

殿」

声を掛けられてびっくりした。地面を見ていた視線を上げるとそこにはバジルくんがいた。ななな、何でバジルくんがここに?!彼は門のところでにこにこと私に笑顔を向けていた。丁度その人を考えている時だったので余計に驚いた。

「迎えに、来ました」

正直倒れてしまうかと思った!バジルくんが、バジルくんが、私を迎えに…!門を通り過ぎる人たちの目がこちらに向いているように思ったのはたぶん気のせいなんかじゃないと思う。バジルくんはとってもかっこよくて目立つ容姿なのです。その彼が待っていた相手が、ああ、私だなんて!人々の目が私にも注がれるのが分かってなんだかすごく恥ずかしかったけれど、彼が迎えに来てくれたのは嫌じゃなかった。嬉しかった。「ありがとう」と俯いて小さく言うと彼は「どういたしまして」と軽く笑った。そうして自然に、あまりにも自然に私の手を取るのだから私はますますドキドキしてしまった。今私はバジルくんの恋人として隣を歩いているのです!ひそひそとすれ違う人の声が少しだけ聞こえる。「うわぁ男の子が迎えに来てるよ」「かっこいいひと」「あの子が彼女?」「確か2-Aの…」「ラブラブだねー」み、見られてる…!私はそのひとたちに大きな声で自慢したい気分だった。そうですこのかっこいい男の子は私の彼氏なんですよ!って。気分だけで、実際はしなかったけれども。実際の私は彼の隣で顔を真っ赤にさせて俯いて歩く、ああでも幸せでいっぱいのおんなのこでした。

「ずっと待っててくれたの?」
「ええ、まぁ、そうですね」
「あそこで?」
「拙者は校舎の中へは入れませんので」
「ありがとう…」
殿が学校帰りに危険な目に会うといけませんので」

にこにこと笑いながら言う彼はそこまで本気でそれを心配しているみたいじゃなかった。でも半分ぐらいは本気だったんじゃないかな?私はまたどう返していいのか分からなくなって俯いてしまった。何を話しても、何をしても、むしろ何もしていなくても、何だか恥ずかしい気持ちになって、顔中に血液が集まってきているみたい。それもそもそも、実は私とバジルくんは昨日からの恋人同士なのです。恋人なりたてほやほやなのです。今は恋人同士でも昨日まで友達同士であったので"恋人"としてどうしていいのか分からないのです。けれども今こうしてバジルくんが学校まで迎えに来てくれたり、手繋いであるいたりして、もう十分恋人ぽいのかもしれない。ただ問題なのは、バジルくんは十分"恋人"なのだろうけれど、私は全然そうじゃないってことです。ただ俯いて彼の隣を歩いているだけ。何をしたら、何を話せばいいのかすらも分からなくて黙っている。友達のときはもうちょっとだけマシだったと思うんだけどなぁ。うまくいかないなぁ。バジルくんの手あったかいなぁ、なんて思いながら黙って歩いてる。バジルくんはこのまま私を家まで送り届けて、そのまま帰ってしまうのかなぁ。もうちょっと一緒にいたいなぁ。

「あの、バジルくん?」

そう声を掛けると彼は私を振り返って「はい」と礼儀正しく返事するのです。バジルくんは私と話するとき必ず目を見て話す。すごくドキドキしちゃうけど私はそんな彼が好き。私の話をちゃんと聞いてくれてるって分かるし、私が話しかけさえすれば彼は絶対私を見てくれるのだ。それは彼に私を見てもらうための簡単な方法だった。

「あのね、公園。ちょっと寄ってったらだめかな?」

もう暗くなるから、だめかな?夕飯の時間もうすぐだから、だめかな?そう思ったけれど、バジルくんはあっさりと「いいですよ」って言ってくれた。夕暮れの並盛公園はオレンジ色に染まっていて、よいこはもうとっくに帰る時間だったのでちびっ子の姿もなかった。ただ遊具だけが淋しげにオレンジ色に光っていた。

「公園なんて来るの久しぶりだなぁ。あ、ブランコあるよ、ブランコ!」
「はしゃいでこけないでくださいね」
「そんな、こけたりなんかしないですよ」

ちょっとムッとした口調で言い返すとバジルくんはくすくすと笑って「かわいらしいなぁ」とか言うもんだから私はまた真っ赤になってブランコのところまで走った。こけたりなんかしなかった。そのあとからバジルくんがゆっくり歩いて付いて来る。私がブランコのひとつに座ると彼はその隣に座った。

「ブランコ冷たいねー」
「そうですね、鎖に触れると痛いくらいです」
「しかも低い」
「確かにすこし、拙者たちには小さすぎるみたいですね。小さい子用ですから」
「でもまだ乗れないことはないよ!」

バジルくんがブランコから立ち上がった。反動でブランコが小さく揺れる。キィ、キィ。何をするのかな、と思って行動を目で追っていると彼は私の後ろに回って、私の背中を押した。「う、わ!」と声を上げて慌てて鎖を強く握りなおすと、後ろから彼の楽しそうな笑い声が聞こえた。私も何だか楽しくなって笑った。キィ、キィ。空が急に近くなって、急に遠くなった。こんな風にブランコに乗るのは久しぶりだなぁ、と思った。トン、と私の背中を押すバジルくんの手あたたかいような、気がした。空が遠くなって、近くなる。近くなって、遠くなる。握った鎖がすっかりぬるくなる頃、彼は突然私の背中を押すのを止めた。私の靴の底がザッザッて地面を削って、ブランコは停止した。

「ごめんね、疲れた?」
「いいえ」

バジルくんが疲れちゃったなら今度は私が彼の背中を押してあげようと思ったのだけれども。私ばかり楽しんでいては悪い。彼にもこの楽しさをお裾分けすべきだ、と。

「このまま殿が飛んでいってしまいそうだったので」
「飛んでいかないよ」
「そうでしょうか?」

そうだよ。私は足をプラプラさせながら言った。何だかバジルくんの顔を見るのが恥ずかしくて下ばかり見ていた。ブランコは子ども用で低いので足をプラプラさせるのは難しくて、ほとんど地面をこすっていた。バジルくんの足が前に来た。たぶん、私とバジルくんは向かい合うような形になってるのだと思う。下ばかり見ているのであまり向かいあっているという気はしないけれど。

「飛んで、いけたらいいとは思うけどなぁ」

殿」って名前を呼ばれたので見上げると、ふにって唇がつぶれた。でもすぐに元の形に戻った。私はびっくりしてブランコからドスンと落ちてしまった。揺れたブランコが帰ってきて思い切り背中に当たった。痛い、かっこわるい…。バジルくんが手を差し伸べてくれたのでつかまるとそのまま抱きしめられた。

「嫌、でしたか?」

彼の腕の中でふるふると首を横に振ると彼は「よかった」と小さく小さく呟いた。少しだけ抱きしめる腕の力を強めて、よかった、と。

「こう言うと殿は拙者を軽蔑するかもしれませんが。ずっと、ずっとおぬしとこうしたかったのです。おぬしと手を繋ぎたかったし、当然のような顔をしておぬしの隣を歩きたかった。口付けもしたかった。こうして抱きしめたかった」

「嫌だったでしょうか?」と彼が聞くので私は力を込めて「全然、そんなことないよ」と言った。全然、全くもって、そんなことはない!私はバジルくんのことが大好きで、大好きで、大好きで、四六時中バジルくんのことを考えているような人間だから、全然嫌とかではなかったよ。驚いたけど。

「私も、バジルくんと手繋ぎたかったし、こうして隣にいるの夢みたいって思うし、今日も朝からずっとバジルくんのこと考えてたし、今日の放課後だって会いに行けないかなって考えてたし、迎えに来てくれてすごくすごく嬉しかったし、キスも、嬉しかった、です…」

最後の方は声が小さくなって、ああもうどうしようもなくなって、彼の胸に顔をうずめた。いやだなぁ、バジルくんに暗い子だと思われたら。そう思うのだけれど、うまく言葉が出てこないし、もうどうしていいのか分からなくなって、頭ばくはつしそう!バジルくんのにおいがするし!私がぎゅーってすると彼は私の頭のてっぺんにキスした。うわぁ、もう、どうしよう、絶対今私顔真っ赤で、

「帰りましょうか」

もうすっかり日も落ちてしまいました。 確かにもう太陽は全部山の向こうに隠れてしまっていたし、まだ冷たい冬の風が吹いている。紺に公園が溶ける。行きましょう、と彼が手を引いてくれる。けれども、けれどももっと抱きしめていてほしかったとか、バジルくんの後ろ姿をぎゅっと抱きしめたいだとか、さっきまでずっと触れ合っていたのに、それなのにまだあなたに触れたい、だなんて。そんな、