がちゃり、とその扉を開ける。最初は分からなかった。誰もいないかと思ったけれど、ソファーにこてんと横たわる彼を見つけた。まるで途中で糸が切れてしまったかのように。私には彼のその周りだけふわふわと軽く輝いているように見えた。ドキドキドキドキ。閉じられた瞳にさらりと落ちる髪。それに触れたいと思った。さらさらの細い、女の子みたいにきれいな髪だなぁ。私はそのソファーの脇に座って「バジル、」とそっと呼びかけてみる。よほど疲れていたのか、彼は私が来たことにも気付かずすやすやと眠っている。彼の寝顔なんて珍しい。その姿をすべて記憶していたいと思った。そのやわらかくやさしいきみの姿を。ここに来たのが私だから、彼は目覚めなかったのだろうか。だとしたらそれは嬉しいこと。だってそれはバジルが私に心を許しているということでしょう?私はきみが安らげる場所だということでしょう?本当に、そうだったらいいのに。こてんと、ソファーに頭を預けてみる、ふわりふわりバジルの匂いがする。心臓がドキドキいって、時折きゅーって締め付けられるような感覚がした。私は軽く投げ出された彼の手に自分の手を重ね合わせてみた。ちょっとだけ。普段、繋ぐことのできない手。私のそれをより大きくて、あたたかくて。細くきれいな手なのに、どこかごつごつした印象を受けるおとこのこの手。彼の手を握っているととても安心した。





彼女の夢を見ていたように思います。(それはひどく幸せなものです)甘い香りが漂った。すぅっと、少しずつ自分が戻ってくる感覚がして、自分が寝ていたことに気付く。いつの間に眠りこけていたのでしょうか。ゆっくりとゆっくりと目を開けてみる。ドキって心臓が飛び出るかと思った。

「うわぁ殿…?!」

目の前に瞼を閉じた彼女の顔があって、思わず飛び起きてしまう。なさけないな、と思うけれど、でも誰だってそうなってしまうでしょう?想いを寄せる女性の顔がこんなに近くにあったら。後退って、そこで彼女に手をしっかりと握られていることに気付いた。繋いだ手の先の彼女はすぅすぅと胸を上下させて気持ち良さそうに眠っていた。何の用事だったか分からないけれど、拙者が起きるのをソファーの脇に座って待っているうちに眠ってしまったのだろうな、と簡単に想像することができた。柔らかい彼女の髪にあいている右の指を通す。甘いおんなのこの匂いがした。ゆっくりと彼女の髪をなでるとこっちまで穏やかな気持ちになって幸せになったように錯覚してしまう。(実際、拙者は幸せなのです)「ん、」と小さく声がして見ると彼女が目をこすっていた。お目覚めですか、眠り姫?

「おはようございます殿」

拙者がにっこりそういうと彼女は「え…?う、そ、私もしかして」と動揺し始めた。誰でも昼の寝起きは動揺してしまうものらしい。

「気持ち良さそうに眠っておられましたね」
「ごめんバジル、私バジルが起きるの待ってて、」

そこまで言うと彼女はふと自分の指先の方へ視線を向けて、一瞬止まったかと思うと、今度は一瞬で真っ赤になった。その姿がかわいらしくて、ついくすりと笑ってしまいそうになるけれど我慢した。もうちょっとおぬしが慌てる姿を見ていたいな、なんて(拙者は意地悪いでしょうか?)

「きゃ、ばばばバジル…!」
「どうなされたのですか?」
「手、手!」
「ああ、これですか?」

目が覚めたら繋がれていたので。そう言うと彼女は一層頬を赤らめた。耳まで赤くなっていますよ。とてもかわいらしいひとだと思って、また自然に笑みが零れてしまう。(もういとしくていとしくて、どうにかなってしまいそうです)彼女はまた「ごめん」と謝って手を引き離そうとするので拙者はそれを阻止すべく、ぎゅと握る。

「最初に握っていたのは殿ですよ?」
「ああ、だからごめんなさい!何でもないの本当に。たまたま、それか無意識に」
「本当にそうなのですか?寝ているとき、無意識に、ですか?」
「そうです、そうに決まってます!」

真っ赤になって必死でそう言うので怪しいな、と思ったけれど、今日はそういうことにしといてあげましょうね。たとえ、あなたの言う通り、無意識だとしても、無意識に拙者の手を求めてくれたこと、嬉しく思いますよ?

「ねぇ、殿」

きょとん、とした顔で彼女が拙者を見ます。どうしようもなく、彼女がいとしく思えました。繋いだ手を持ち上げて、ちゅっと音を立ててそれに口付ける。きっとおぬしはまた顔を真っ赤にさせているのでしょうね?名残惜しいがそっと唇を離して視線を上げる。そうするとやっぱり、頬を染めてぽーっと夢見るような顔をした彼女がいるのです。(この瞬間が永遠になればいいな、なんて)
 


爪先にキス
(この手、離さないでくださいね)

061030//(K)